第35話 付き合いたての逃避行! 1

「盛大にやらかしましたなぁ」


「言わないでぇええええ!」

(あぁあああああああああああ!)


 行先も分からない電車に揺られること小一時間。


 順調に俺たちは自分たちが住んでいる町から離れていた。


 チャージしていたICカードがあって助かった。


 まさかこんな形で学校をサボることになるとは思わなかった。


「こ、これからどうしようか」

(また迷惑かけちゃった……)


 さっきからずっと白雪からは後悔の言葉が聞こえてきている。


 初めて病欠以外で学校で休んだかも。


「とりあえず海でも見に行きたいなぁ~」


「この能天気! アンポンタン! もっと真剣に考えてよ!」


 白雪らしからぬ弱々しい毒が飛んできた。


 俺も焦っているには焦っているのだけど、どこか冷静に今の状況を見ることができていた。


「白雪はどうしたい?」


「今日は帰りたくない……かな……」


「了解」


 白雪が顔を伏せたままそう答えた。


「でもお金が……」


「それは大丈夫!」


「大丈夫?」


「今の俺、金持ちだから!」


 俺の鞄の中には、昨日母さんから預かった封筒がそのまま入っていた。


 サンキュー! 母さん!


 お金があると思うと、少しだけ気持ちに余裕ができる。


「なんで?」


「母さんからなにかあったときのためにって預かってた。なんと金額は三万円!」


「それを私がアテにするのは違くない?」


「白雪となにかあったときのためって言ってたから大丈夫だよ。でこれからのこと考えよう」


「うん……」


 白雪が遠慮気味にコクンと頷いた。


 心の声は聞こえてこないけど多分少し照れているのだと思う。


 早速、お金を使うことになりそうで母さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。これは必ずどこか返せるようにしよう。


「おばさんって白雪のこと心配しているだけじゃないの?」


「なんでてる君がお母さんの肩を持とうとしているのよ」

(もしかして愛想つかれちゃう……? せっかく付き合うことができたのに……)


「いや、だって白雪のお母さんは将来の俺のお母さんにもなり得――」


「えっ?」


「あっ」


 条件反射で思っていたことが口から出てしまった。


「と、とりあえず! なったことは仕方ないから!」


「う、うん」


 ガタンゴトンと電車が揺れた。


 白雪との間に少しだけ気まずい雰囲気が流れてしまった。



(も、もうそこまでてる君は考えてくれてるの!?)


(早いよぉ……)


(付き合い始めてからまだ九時間と三十三分しか経っていないのに)



 どこまでカウントしているんだこいつ!?


 絶対に、ぜーーったいに記念日とか大切にするタイプだ!


 忘れないように胸に刻んでおこう!



(はぁ、勢いでやっちゃったけどこれは良くなかったよね……)


てる君の家にってだけでもやり過ぎてたのに……)


(私、小さい頃からずっとお母さんには不満を持ってた。それの反動がここで出ちゃったのかなぁ)


(どこの誰が白雪姫なんだか。私はただの考えなしの鈴木白雪なのに)



 白雪の複雑な感情が伝わってくる。


 前の俺なら白雪の内心に深く踏み込んじゃいけなかったんだろうけど……!


「大丈夫! うちのことは気にするな!」


てる君……」


「今日は白雪がやりたいと思ったことに最後まで付き合うよ。それが思いつきでも勢いだけのことでも」


「急に優しくて不気味」


「不気味言うな! 一応、俺、白雪の彼氏をやらせてもらうことになったので!」


「そうだね。私、てる君の彼女さんだった」


「……なので、言いたいことがあったらちゃんと彼氏の前では吐きだして欲しいな」


「えへへ、それは彼女さん特権だね」


 お互い今の関係を確かめるように“彼氏”と“彼女”という言葉を何度も声に出していた。



(今、私の傍にてる君がいてくれて本当に良かったぁ……)



 それは声に出してもいいやつだと思うんだけどなぁ。


 つくづく素直じゃないと思うが仕方がない。


 だって俺は、そんな心の声もひっくるめて白雪のことが好きなのだから。




※※※




「うわー! 海だ! 久しぶりに見たー!」


 海が見えてきたので俺たちは電車を降りることにした。


 電車から降りるとレトロな駅舎がすぐに俺たちを出迎えた。


 見事に誰もいない。


 適当に降りすぎて無人駅で降りてしまった。


「潮の匂いがするー。風が気持ちいいー」


 ここからでは海は見えないが、海特有の冷たい空気が俺たちの頬を撫でた。


 白雪に怒られそうだけど楽しくなってきた!


 アテのない旅をするのって憧れてたんだよなぁ。


 映画や小説で見ていた出来事を、今まさにしているみたいでテンションがあがってくる。


「潮の匂いってプランクトンの死骸の匂いらしいよ」


「台無しやめろ!」


 白雪が髪をおさえながら、ぼそっとそんなことを呟いた。


 ぺっぺっ! 潮の匂いってそうだったのか!


 途端にとてつもなく臭いもののような気がしていた。


てる君は元気だなぁ」


「そういう白雪はあんまり元気ないね」


「そりゃさぁ」


 白雪って結構沈むタイプなのかも。


 なら、ここは俺が頑張らないと!


「白雪、ご飯食べに行こう! 海といったら海鮮でしょ!」


「私、別にお腹すいて――」



ぐぅうう~



 馬鹿でかいお腹の音が聞こえてきた。


 もちろん音のあるじは俺ではなく白雪だ。


「嘘じゃん」


「……」


「嘘つきじゃん」


「うるさいうるさい! 生理現象なんだから仕方ないでしょう!」

(恥ずかしいぃいい! どのタイミングで鳴ってるのよ!)


 白雪が自分のお腹を抑えて、心底恥ずかしそうにしている。


 それを見ていたら自然と笑いが漏れてしまった。


「とりあえず食べに行こうか。母さんの奢りだけど」


「マザコンっぽくてカッコ悪い」


「やかましい!」


 おっ、ちょっと調子が出てきたかな。


 やっぱり白雪は毒吐いているくらいが丁度いい。


「手繋ぐ?」


「朝、嫌だって言ってたじゃん」


「ここだと誰にも見られないからいいでしょ」

 

 そう言って白雪に手を差し出す。

 

 恥ずかしいけど、白雪が元気が出るようなことをなにかしてあげたいなと思った。


「うぅ、急にてる君が王子様みたいに見えるよぉ」

(誰にも見られないところで私と手を繋ぎたかったんだ)


「……逆になってない?」


「逆?」


「なんでもない」


 どっちが実際に言おうとした言葉かはよく分からないや。


 まぁ、それは今はどうでもいいか。


「もう……」


 そっと白雪が俺の手に自分の手を重ねてきた。


 白雪の手はしっとり汗ばんでいた。


「私たち逃避行しているみたいだね」


「そんなこと言われると急にイケないことしている気持ちになってきた」


「イケないことしているんだよ?」

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