第29話 思ったことを言う[火に油]

「だから違うって! ただ友達と話しているだけだって!」


「ふーん、その割には鼻の下が伸びてたようですけどねっ」


「伸びてないわっ! 市松人形の髪じゃないんだから勝手に伸ばすな!」


 放課後、白雪とは学校とは離れた場所で合流。


 そのまま白雪の家に行っておばあさんに謝りに行く予定だ。


 だが、肝心の白雪のご機嫌はかなりナナメになってしまっていた。


「言っておくけど、朝陽あさひより私の方がスタイル良いからねっ!」


「聞いてない! 聞いてない!」


「はぁ~!? 私に興味ないってこと!」


「あるよ! 興味はめちゃくちゃあるけど、今はそんな話している場合じゃなくない!?」


 これが謝りに行く前の会話かー!?


 もっとああ言われたらこう言おうとか、こう言われたらああ言おうとか、そういう打ち合わせをしようと思っていたのに!


「私にとってはこっちも同じくらい大切な話だもん」


「白雪……」


「だから、私以外の女とは話をしないで」


「無茶言うな!」


 めちゃくちゃなこと言ってきやがる。


「白雪ってもしかしてかなりのやきもち焼き?」


「うぅうう……」


 俺がそう言うと白雪の顔がかーーっと真っ赤になってしまった。


「分かっているなら! 察しなさいよ! この鈍感!」


「だって察してもできないこともあるというか……」


「私、ヤキモチ焼きなんだから! 嫉妬深いんだから! 覚悟しなさいよねっ!」


「開き直っちゃった」


 ここに見たり、みんなが憧れる白雪姫の実態。


 ただのワガママな女の子だよ。


 まぁ、そんな姿を俺に見せてくれるのが嬉しくもあるのだけど。


「白雪!」


「なによぉ……」


「相手を信じるのも大切なんじゃないかな!」


「信じる?」


「俺は白雪のこと信じてる! だから白雪がどんなにモテても誰かと付き合ったりしないとって信じてるよ」


「……」


「愛することは信じることって誰かが言ってたし……」


 はずっ!


 頭の片隅にあった映画のセリフが出てきてしまった。


 勢いあまって愛とか言っちゃった。


「愛……」


 白雪がその言葉を反芻する。


「愛ってなんだろう……」


「ためらわないことって昔の偉い人が言ったような」


「むぅ、分かった。じゃあてる君のこと信じるよ」

(浮気したら殺す)


 デレとツンの同時攻撃がやばいんですが。


 今はデレ1:ツン9くらいの配分だったけど。


 まぁ、浮気なんてするわけないから白雪が心配するようなことは起きるはずがないけどね。


 そもそも、俺にまともな友達って朝陽あさひくらいしかいないわけなので。


「あっ、着いちゃった」


 そんな話をしていたら白雪の家の前に着いてしまった。


 結局、白雪と謝罪の打ち合わせはできなかった。


 まぁ、仕方ないか。


 どうせ、真正面から謝るつもりだったんだから。


「ふぅ」


「緊張しているの?」


「ちょっとだけ」


「あはは、実は私も」


 さっきとは別の意味で白雪の顔が強張っている。


「いくよ」


「あっ」


 安心させるようにそっと白雪の手を握ってしまった。


 初めて握った手はまるで雪のようにひんやりしていた。




※※※




 玄関のチャイムを押すと、すぐにおばさんが現れた。


 家に入るように促され、一階の応接間に案内される。


 おばさんは黒いドレスみたいな服を着ている。


 香水の匂いもするし、何故かお化粧もばっちりな状態だった。


「で、どの顔をして戻ってきたのかしら」


 一晩経って、ほとぼりが冷めているかと思いきや、噴火前の火山みたいにぐつぐつしたものをおばさんから感じる。


 圧がすごい。


 怒っている……それを体全体から感じてしまった。


「だから昨日は嘘ついて悪かったっていうか……」


「どこの誰かと思ったら、あなたは昔よくうちに遊びに来ていた輝明てるあき君ですか」


 おばさんが白雪の言葉を無視して、俺に声をかけた。


 白々しいなぁ、昨日うちの母さんと電話で話していたから知っているはずなのに。


「昨日はすみませんでしたッ!」


 少し嫌なものを感じつつも俺はすぐに立ち上がっておばさんに頭を下げた。


輝明てるあき君は一体なにに謝っているの?」


「昨日、黙って家にあがってしまったことです!」


輝明てるあき君はうちの白雪と付き合っているの?」


「え……?」


 まさかいきなりこんな直球が投げられてくるとは思わなかった。


 思わず白雪の顔を見てしまった。



(ど、どうしよう……まだちゃんと付き合うって言ってなかった)



 白雪も困った顔をしている。


「いえ……」


 素直に言った。


 こういうときに嘘をつくのは逆効果だ。


 誠心誠意、おばさんの言葉に応えよう。


「そうなのね。付き合ってもいない女子の家にあがるのは失礼とは思わなかったの?」


「すみません。軽率でした」


「昔から常識がない子だとは思っていたけど」


「本当にすみません……」


 白雪の気持ちが急速にイライラしたものに変わったのを感じた。


「うちの白雪はあなたと違って優秀なんです。昨日、あなたの家に泊まると聞いたときは心がどんなに張り裂けそうだったか」


「……」


「そもそも、この前、遊園地に行ったのもどうかなって思ってたのよ。普通の学校の普通の生徒と遊びにいって、将来役に立つものだと思わなかったから」


 ……こんな人だったかな、白雪のおばさん。


 昔から苦手意識はあったし、きつい印象はあったけど、ここまであからさまに嫌味を言う人じゃなかった気がする。


「これからは白雪と付き合わないで頂戴。白雪はこれから大切な時期なの」


 なんとなく“クラスの白雪姫”が誕生した理由が分かった気がする。


 きっと白雪はこの人に色々教わったきたのだろう。


 作法、勉強、身だしなみの整え方――。


 それが成長期の鈴木白雪を形作って、クラスの白雪姫になっていったのだと感じた。


 うっすらとした記憶しかないが、白雪ののお母さんはもっとおおらか印象の人だった。


「お母さん!」


「白雪は黙ってなさい!」


 白雪が割り込んできたが、すぐにおばさんに制止された。


 白雪からは心の声にならないくらいの怒りの波動を感じる。


「確かに昨日、俺がやったことは良くないことでした。でも……」


「そう思っているなら早く出ていって頂戴。謝罪は一応受け取ります」


 突き放された。


 俺が頭で考えていたよりずっと白雪のお母さんは怒っていて、ずっと冷たい対応をされた。


 隣にいる白雪からは今にも毒が漏れ出しそうになっている。


「はぁ!? お母さん――」


「白雪」


 毒を発射しようとした瞬間、俺はそれを止めるように白雪の前に手を出した。


 一瞬だけど、白雪がお母さんになにを言おうとしたから心の中に流れ込んできてしまった。


「確かに俺がやったことは良くないことでした。次からは気をつけます。それだけでは許してもらえないでしょうか……?」


「許すもなにもここであなたと白雪の関係は終わりなの。早く出ていって」


 親とはいえ、なんでそこまで言われないといけないのだろう。


 やっと白雪との関係が修復できたというのに。


「じゃあ出ていきます」


 頭に血が昇りそうになるのを必死に抑えながらそう告げた。


「え……?」


 白雪の気持ち深い水の底に落ちていくような感覚が伝わってきた。


 ……今まで思ったことを言うって必ずしも良いことばかりじゃなかった。


 空気は壊すし、自爆はするしで、散々な目にあうほうが多かったと思う。


 そもそも思ったこと言うって白雪限定の話だ!


 でも……! 今だけはちゃんと自分の思ったことを言わないと絶対に後悔することになると思った。


「でも、一人では出て行きません!」


「は?」


「俺は白雪との関係を終わらせたくありません! そこまで言うなら白雪をもらっていきますから!」

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