第30話 白雪姫の家出 つづく

「白雪! に帰ろ!」


「う、うんっ!」


 白雪の手を引っ張った。


 少しでも嫌がられたら離そう思ったけど、白雪の心の声はそうは言ってこなかった。


「ちょ、ちょっとあなたたち!」


「私、あなたの代わりじゃないもん! 自分のことは自分で決めるから!」


 白雪がおばさんにそう告げて、俺たちは白雪の家から出ていった。


 まるで悪戯した子供みたいな逃げ方だったと思う。




※※※




 白雪を連れて遠藤家に帰宅。


 謝りに行ったのに、火に油を注いで帰ってきてしまった。


「またやっちまったぁ……」


「なんで今更うじうじしてるよの」


 誠心誠意謝ろうと思っていたのに、考えられる限り最も最悪の対応をしてしまった!


「あんな出て行き方したら最悪警察呼ばれるかもしれないだろ!」


「大丈夫だよ。お母さん、見栄っ張りだから」


「え?」


「近所の噂になるようなことは絶対にやらないって。まぁ、この状況も噂されそうではあるけどね」


 あれ? 肝心の白雪が思いのほかあっけからんとしている。


「今日、おめかししてたでしょう? だから追ってこなかったんだと思うよ」 


「どういうこと?」


「走って汗でもかいたらお化粧直すの大変じゃん」


「そ、そんなものなの!?」


「うん。お母さんって、感情の起伏が激しい時期があるからさ。今はまともに話せる精神状態じゃなかったみたい。こちらこそ嫌な思いさせてごめんね」


 何故か白雪に謝られてしまった。


「……白雪はおばさんがそういうときは今までどうしてたの?」


「部屋にこもって、嵐がすぎるのを待つだけ」


「えぇえ!?」


 昔もごたごたしているときはあったけど、まだ複雑な家庭事情は続いているのかな……?


 義理のお母さんとの距離感って俺にはよく分からない……。


「はぁあああ、私は白雪ちゃんちになんて連絡すればいいのよ!」


 一方、うちの本物の母親は本日の顛末てんまつを聞いて大きな溜息を出していた。


「ご迷惑おかけしてすみません」


「べ、別にいいのよ! 家出と喧嘩は高校生の華だと思っていたから! でもなぁ……」


 能天気な母さんが珍しく頭を抱えている。


「らしくないよ。母さん」


「むっ」


「なってしまったことは仕方ない。これからのことを前向きに考えよう!」


「お前が言うなぁああああ!」


「いってぇーーー!」


 母さんが思いっきり俺のこめかみにアイアンクローをぶちかましてきた!


「あんたは白雪ちゃんと一緒にいれて嬉しいんでしょうが、こっちはそれだけじゃいかないんだからね!」


「すみませんでした! 調子にのりました!」


「この馬鹿息子が!」


「痛い! 悪かったから! 今どき暴力系なんて流行らないぞ!」


 そう言うとようやく母さんが俺のこめかみを解放した。


 保護者の立場からすると相当うちの母さんは複雑な心境らしい。


「はぁ、とりあえず白雪ちゃんちに電話してくるからね。大人の話してくるからしばらくこっちに来ないでね」


 そう言って母さんはリビングから出て行った。


「あの、馬鹿力が……!」


てる君はお母さんと仲良いんだね」


「そう見える?」


「そう見える」


「じゃあそうなのかも」


 今、謙遜しすぎると白雪のこと傷つけそうかな……?


 素直にその言葉を受け取っておこう。


「はぁ、でも本当にこれからどうしよっか」


 そう言いながら白雪は制服のままいつものソファーに腰をかけた。


「ごめん、人の家のことなのに出過ぎたかも」


「確かにもらっていくは言い過ぎだったよね」

てる君がまるで王子様みたい見えたよぉ。私、もらわれちゃったよぉ……。すっごい胸がドキドキしたよぉ……)


「きょ、今日は無理だけどまたちゃんと謝り行くから」


「どうかなぁ、お母さんって頭かっこんこっちんだからなぁ」

(でも、本当にどうしよう。てる君の家にいつまでも迷惑かけるわけにはいかないよね……)


「ずっとうちにいればいいじゃん」


「え?」


「じゃ、じゃなくて! 落ち着くまでうちにいればいいじゃん! 母さんも自分の家みたいに思っていいって言ってるんだし」


「うん、ありがと……」

(ま、またドキッとしたぁ。うぅ、今日はドキドキしすぎて死んじゃいそうだよぉ)


 い、意外に大丈夫そうだな白雪。


 ちょっとだけ安心した。


 白雪がこんな状況になってしまったのは全部俺の責任だ。


 白雪が喧嘩する原因を作ったのも俺だし、白雪が家に帰れなくなってしまった原因も俺だ。


 どうしよう。


 今の俺は白雪になにができるのだろう。


「ただいま」


 あっ、母さんが電話から戻ってきた。思ったよりもお早いお帰りだ。


「ど、どうでしたか?」


「電話だととーっても心配してたよ。白雪ちゃんのお母さん、ちょっとだけ泣いてた」


「そうですか……」


「私が言うことじゃないかもけど、一度お母さんと二人きりで話したほうがいいかもね」


「……」


「あとは二人のことよく見ていてほしいって。それくらいかな」


 ……おばさんに言われた言葉の数々は母さんには言わないほうがいいかな。


 それを言ったら母さんは本気で怒って、本気で俺の味方をしてくれると思う。


 でも、白雪のお母さんを悪者みたいにするのは嫌だ。


 理由は分からないけどなんか嫌だ。


 口から出た言葉だけが全てじゃないっていうのは、よく分かっているから。


「白雪ちゃん、着替えとかは大丈夫?」


「は、はい……! 家から持ってきたので」

(じ、実は下着は全然持ってきてないんだよなぁ……)


 また俺が聞いちゃいけないことを考えている。


「むっ」


 白雪の微妙な表情の変化を母さんは見逃さなかった。


輝明てるあき、お金あげるから白雪ちゃんと買い物に行ってきなさい」


「買い物?」


「白雪ちゃんの欲しいもの買ってきなさい! 長期戦になりそうでしょ!」


 母さんが財布を取り出して、俺に一万円を渡してきた。


 高校生の俺では中々お目にかかることのできない金額だ。


「そんな! 大丈夫ですよ!」


「これからしばらくいるんでしょ? 遠慮しないで買ってきなさい。白雪ちゃんのお母さんにもお願いされているんだからね」


「そ、それは……」

(ふぇええ、申し訳ないよぉ……。それにてる君と一緒に下着なんて買えないよぉ)


 なんでこいつの頭の中では俺と一緒に下着買うことになってるんだよ!


 俺、絶対に嫌なんですけど!


てる君はどんな色が好き?」


「白雪はどのタイミングでそれ聞いてるのさ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る