第31話 白雪のお願い事

 家から歩くこと十分と少し。


 俺たちは近場の商業施設に来ていた。


 広い敷地の中にはスーパーやら100均やら紳士服やらの店舗が並んでいる。


 そこなら日用品はなんでも揃うと言っても過言ではないだろう。


 俺たちが子供の頃に大規模が開発があってできたそこは、今や地元の人たちには必須の場所になっている。


てる君はさっきからなんできょろきょろしてるの?」


「警戒しているの!」


 必須の場所! すなわちみんなが来る場所!


 ただでさえ白雪は有名人なのに、こんなところを学校の誰かに見られてでもしたら大変だ。


 しかも、白雪んちのおばさんだって買い物に来る可能性もある。


 ここで鉢合わせなんかしたら気まずいなんてもんじゃない。


「学校のみんなのこと気にしてるの?」


「そんなところ!」


「もう諦めたらいいのに。私は気にしないよ」


「そう簡単にはいかないの!」


 白雪は良くても俺が良くない!


 今の俺だと「どうしてあいつが?」と絶対になってしまう。「白雪さんって男の見る目がないのね」という話に絶対になってしまう。


 被害妄想かもしれないが、好きな女の子に恥をかかせたくないという気持ちを持つのは当然ではないだろうか。


 白雪のおばさんほどじゃないと思うけど俺もまぁまぁ見栄っ張りなのかもしれない。


「ところで早くてる君の好きな色教えてよ」


「まだその話続いてたのか」


「昔は青とか好きだったよね? デザインはどんなのが好き?」


「で、デザイン? ちなみに白雪はなにを買うつもりなの……?」


「……下着」


 白雪が恥ずかしそうに俺から目線をそらした。


 知ってて聞いてしまった。


 だって直接聞かないとどうしていいのか分からないじゃん!


 俺から察して「じゃあ下着に買い行く?」なんて聞けるわけないし。


「私のことお持ち帰りしたんだから責任取って教えてよ」


「お持ち帰りって……」


 そう言われるとめっぽう立場が弱い。


 白雪の言う通り、責任を取らないといけない気がしてきた。



てる君は黒が好きっぽいなぁ。絶対にエッチだし)



 白雪って俺のことそんな風に思っていたのか……。


 俺の名誉のためにここははっきり言っておかないと!


「俺、普通に白が好きだけどな」


「そうなの?」


「変にデザイン性のあるやつよりシンプルなやつがいいかなぁ。あんまり派手だと見せる用みたいで全然そそられないし」


「そそる!? て、てる君のエッチ……」


 ……。


 ……。


 思ったことを言ったにしてもこれだとただの変態では?


「じゃあそこの服屋さんで買ってこようかな……」


「あれ?」


「どうしたの?」


「今、そこに朝陽あさひがいたような?」


「はぁあああ!? デートの最中に他の女の話するってどうなってるのよ!」


「デートだったんだこれ」


 今一瞬、朝陽あさひの姿が見えたような気がした。


 気のせいかな? 俺たちの姿に気が付いてすぐ近くのお店に入ってしまったように見えたけど……。


「もう知らない! 買ってくるからね!」

てる君に下着選んでもらおうと思ったのに!)


 白雪はぷんすか怒りながら俺を置いて下着を買いにいった。


 と、とんでもないこと考えていやがった。


 俺が女性の下着売り場なんかに行ったらただのやばい奴になっちゃうよ。


「……明日も朝活はできそうにないかな」


 白雪が買い物している間、俺は朝陽あさひにはそう連絡することにした。




※※※




「欲しいもの買えた?」


「つーん」


「本当に機嫌悪い人は自分でつーんって言わない」


「うっ」


 大体の買い物を終え、白雪と帰路につく。


 白雪の着替えの他にもいくつか日用品を買っていたら、なんだかんだで周りはもう暗くなってしまっていた。


「えへへへ、荷物持ってもらっちゃってる」


「持たないと毒吐かれそうなので」


「余計な事言ったのでマイナス五万点」


「俺の持ち点どれくらいあるの!?」


 白雪がとても楽しそうな顔で俺の隣を歩いている。


 白雪の幸せそうな気持ちがそのまま伝わってきて俺もとても嬉しくなってくる。


「こんなこと言ったらお母さんに怒られそうだけど家出しているの楽しくなってきちゃった」


「問題発言」


「うるさいなぁ。最近ね、てる君に私の気持ちがちゃんと伝わっているような気がして嬉しいんだ」


「……」


 胸がちくっと痛んだ。


 確かに伝わりすぎるくらい伝わっているけど……。


「私、ずっとそこの神社でお願いしてたんだ」


「神社?」


「この前もそこで会ったじゃん」


「う、うん……」


「そこでね、もっと素直になれますようにって。私の気持ちがてる君に伝わりますようにってお願いしてたの」


 心底驚いた。


 まさかあの白雪がそんなお願い事をしていたとは。


 それってつまり――。


「あの神社には感謝しないとかな。意外にご利益あるのかも」


 もしかして今の状況って俺だけが原因ではなかった?


「それにしても意外だなぁ~。てる君が白の下着が好きだなんて」


「うっさい! 掘り返すな!」


「さて、問題です。今日私は何色の下着を買ったでしょう?」


「……答え言ってない?」


「えっ、自意識過剰」

(白だけどね~)


「くっ……」


 本当にこいつ……!


 心の声が聞こえてなかったら普通に傷ついていたかもしれないからな!


「白雪さ」


「どうしたの?」


「もうお願い事しなくていいんじゃない? 俺、白雪のこと大体分かってるよ」


「あははは、そうかもね」

(でも、まだ不安かなぁ~。私、口が悪いから)


 白雪が少しだけ困った顔を浮べて俺にそう言った。


 ……もしかして白雪のお願い事が終われば心の声が聞こえてこなくなる?

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