第26話 白雪姫のお泊り 1

 明日は正々堂々と謝ろう。


 変に取り繕ったりしないで、素直におばさんに謝ろう。



(わーい! てる君の部屋だぁ)


(ふふふ、この部屋は全然変わってないなぁ)


(わー! この布団、てる君の匂いがする)



 真面目なことを考えていたのに、二階にいる白雪の心の声が聞こえてきてしまった。



(はぁ、明日からどうしよう……)


(お母さん、怒っているだろうなぁ。折角、最近は上手くいってたのに)


(謝ったほうがいいんだろうなぁ)


(でも、私は悪くないもん。誰を好きになるかは私が決めることだし)


(大体、お母さんは時代錯誤なのよねぇ。私、良い大学にも良い会社にも全然興味ないんだけど……)


(はぁ、お先真っ暗。学校に行きたくない)



 寝る前って結構考え事するしなぁ……。


 白雪の情緒はぐちゃぐちゃになってしまっているようだ。


「……」


 前はここまで心の声が届いていなかったような?


 俺の部屋は今いるリビングの真上にあるので、直線距離にしたら俺と白雪はかなり近くにいることになる。


 今までは実際の声が聞こえてこない場所だったら、この声が聞こえてくることはなかったんだけど……。



(今日、いきなり来たこと怒ってるかなぁ……)


(でも、他に頼れる友達なんていないし)


(そもそも私に本当の友達なんか――)


(あーあー、それに結局また言いそびれちゃった)


(あの素直じゃないてる君が私のこと好きって言ってくれたんだもん。今度は私がちゃんとてる君の目を見て伝えないとだよね)


(そしてちゃんと付き合ってくださいって言わないと)


(えへへ、てる君と付き合えたら毎日が楽しいだろうなぁ。長年の夢がこんな風に叶うなんて思っていなかった)


(告白するならどこがいいだろう。さりげなく帰りを誘ってみるとか?)



 俺が聞いちゃいけないことを考えている。


 もういいよ神様! 


 自分でなんとかするから、心の声なんて聞こえなくていいよ!


 このままだと白雪が可哀想だよ。



(でも、その前にお母さんのことなんとかしないとだよね)


(でも、しばらくは家に帰りたくないな……お母さんと喧嘩するのは何年ぶりだろう)


(はぁ……。それにしても本当にこのお布団良い匂いするなぁ)


(洗濯してあるって言ってたけど昔のてる君の匂いがするよぉ……)


(この部屋の下に輝君がいるんだよね……?)


(そう考えるとちょっとドキドキしてきちゃったかも)


てる君も今頃私のこと考えてくれてるかな?)


(き、キスしちゃったんだよね私たち……)



 怒涛の心の声ラッシュで全然寝付けない!


 昔の俺の匂いってなに!? ドキドキするってなんで!?



(も、もしかしたら昼間のこと思い出して今頃……)



 おい、やめろ馬鹿。


 思春期男子の微妙な情事を推測するな。


 触れにくい微妙な毒を巻き散らかすな。



(あ、あれ……?)


(私、ちょっと変な気分になってきちゃったかも――)


(ここでそんな気持ちになっちゃいけないのに……)



 だぁああああああ!


 このまま寝ていられるか! これ以上は絶対にダメなやつだろう!


 明日、絶対に白雪の顔を直視できなくなるやつだ! 


 フローリングを掃除するワイパーどこかにあったよな!?


 白雪がなにをする気は分からないけど、これは本当に良くない!


 なにをする気は本当に分からないけど!



ドンドン



 近くにあったワイパーを伸ばして天井をつっついた。


 壁ドンならぬ、天井ドン。略して天ドンである。



(うぅ、てる君のお部屋にいるのが悪いんだ……)



ドンドン



(キスの力ってすごいなぁ、もっともっと触れ合いたくなる)



ドンドンドン



(あのまま、お母さんが来なかったら私たちどうなってたんだろう。もしかしたら今頃――)



ドンドンドン!



 早く気づけぇええええ! 


 さっきから胸がドキドキして仕方ないんだよ!



(あれ? 下から音が聞こえてきたような?)



 かかった! 今しかチャンスがない!



ドンドンドンドン!



(んー?)



ドン



 白雪の足音が返事をした。



ドンドン!


ドン


ドンドンドン!


ドンドン



 天ドンと床ドンのハーモニーがリビングに響いている。


 あ、あんまりやりすぎると母さんが起きてきちゃうから注意しないと。



(ふへへ、まったくてる君は仕方ないなぁ~。私のこと好きすぎ)



 とっても嬉しそうな心の声が聞こえてきた。


 仕方ないって一体なにがさ。こっちの台詞なんですけど。


「ちょっと~、うるさくて寝れないんですけど」


 白雪が目をこすりながら二回から下りてきた。


「勘違いするなよ! お前を起こしたかったわけじゃない!」


「じゃあどういうつもり」


 言えるか!


 思ったことを言うにしても今回は絶対にぜーーったいに無理だ!


「べ、別に……」


「遠藤は本当に素直じゃないなぁ」


「だから、お前にだけは言われたくないつーの」


 素直に言ったら変態だっつーの。


 白雪が俺が寝床にしていたソファーに座ってしまった。


 パジャマの肩の部分がはだけて、ブラ紐みたいなのが少し見えてしまっている。


 いつもかっちりしている白雪とのギャップがやばい。


 外では絶対にそんな隙は見せないのに。


「起こしたんだから責任持って話し相手になってよ」


「い、いやお前寝て――」


「なに?」


「なんでもない」


 寝てなかっただろう! と言いそうになってしまった。


「なんでもないは感じ悪いなぁ」


「本当になんでもないから……」


「ふーん」


 白雪が俺の使っていた毛布にくるまってしまった。


「それ俺のなんだけど……」


「遠藤のものは私のものだし」


「このガキ大将め……!」


「おっ、ナイスツッコミ」


「そりゃ、どうも!」


「私ね、付き合うってなったら今みたいになんでも言い合える関係になりたいな」


「なんでも?」


「うん、なんでも。だって好きな人に隠し事するのも隠し事されるのも嫌じゃない?」


 前から思っていたけど、白雪って結構乙女チックなところある。学校ではどちらかというと現実主義者的なイメージが強かったんだけどな。


「遠藤はどう思う?」


「理想は俺もそうだけど……」


「じゃあ一緒だね」


 白雪が俺に優しく微笑んだ。


 子供みたいな顔で本当に嬉しそうに笑っている。


「私、このままこの家の子になっちゃおうかなぁ」


「それは無理だよ」


「ちぇ、つまんない」

(無理じゃないじゃん。結婚すれば私はここの家の娘になるかもしれないんだよ)


「し、白雪、明日一緒におばさんに謝りいこう?」


「えー、なんで遠藤が? 私帰りたくないんだけど」

(もうちょっと良い雰囲気になれば付き合ってって言ってもいいかな?)


「嘘ついたみたいで良くなかったと思うから……」


「今日、隠れたこと気にしてるの? あんなのちょっとくらいいいじゃん」

(さ、さっきまで変な気分になってたからかなぁ……。言いたくなってきちゃった)


「勝手に人の家にあがってそういうわけには……」


「陰キャのくせに真面目なんだから。あっ、陰キャだから真面目なのか」

(言いたい言いたい言いたい言いたい。そういう真面目なところも大好き!)


 会話が頭に入ってこねぇえええええ!


 タイミングを見計らっているのが勝手に伝わってくる!


 白雪の高揚感、期待感、焦燥感、全部が全部俺に伝わってきてしまっている!


 前はこんなに深い心の声は聞こえていなかったよな!?

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