第33話 白雪姫のお泊り 第二夜 2

「それにしても白雪ちゃんがいるからって格好つけて勉強なんか始めちゃってさぁ」


 母さんが注文通り俺にコーヒーを持ってきてくれた。


「……別にいいじゃん。頑張ろうと思ったんだから」


「これ預けておくから」


「これ?」


 母さんが俺に封筒を渡してきた。


 中身を開けると、なんと中には三万円も入っていた!


「どういうこと!?」


「自分が必要だと思ったときに使ってね」


「意味が分からないって! こんなにいらないよ!」


「これから白雪ちゃんとなにかあるかもしれないでしょう」


「なにか?」


 声はおちゃらけているが母さんの顔は全然笑っていない。


 俺は知っている。こういうときの母さんが一番怖い。


「さぁ? でも、いざというときに男の子がお金ないのは格好悪いぞ」


「うっ、じゃあ預かる。ちゃんと返すから」


「倍にしてよろしくね」


 母さんはそう言って家事に戻ってしまった。


 なんだろう。


 よく分からないけど、母さんはたまにこういうことをするときがある。


 なにかを予知しているというか、先を読もうとしているというか。


「お風呂、お先にいただきました~!」


 そんなこんなしていたら白雪がお風呂から帰ってきた。


 俺は咄嗟に教科書の下にさっきの封筒を隠した。


「おかえり」


「えらい、もう勉強してる」


「もっと褒めたまえ」


「えらいえらい、頑張れ頑張れ」


 全然心のこもっていないエールを送られた。


 半乾きの髪で、首にバスタオルを巻いているのがすごく色っぽく見える。


「母さん、入ってきちゃったら?」


「うん、そうしようかな」


 俺がそう言うと、欠伸をしながら母さんは脱衣所のほうに向かった。


 うーん、たまに母さんの考えていることがよく分からなくなるなぁ。


「私も勉強しようかな」


「家出しても教科書はちゃんと持ってきているのな」


「学生ですから」


 母さんの様子に少しもやもやしながらも、白雪と一緒に勉強していたら時間が過ぎていった。




※※※




「夜風が気持ちいいなぁ」


 夜中、俺は外に散歩に出ることにした。


 理由はもちろん白雪の心の声。


 連日、あんなデレデレな声を聞いていたら健全な男子高校生の俺は頭がおかしくなってしまう!


 散歩をしながら今日会ったことに思いを巡らせていた。


「俺って行き当たりばったりだよなぁ……」


 今日おばさんに言われた言葉が心の奥底に突き刺さっている。


 さすが本場の毒は……ってそれは失礼か。


「……」


 白雪はこの家出を楽しんでいる。


 もちろん俺だって楽しい。


 ――でも、このままだと良くないのも確かだと思う。


 童話の白雪姫の義理のお母さんって最後はどうなるんだっけ……。


 死んじゃうとか、いなくなっちゃうとか、あまり良くない結末だったような気がする。


「自分から言おう」


 おばさんに白雪との関係を問われたとき俺はなにもできなかった。


 後から考えれば考えるほど情けない。


 白雪から言ってほしいとか、そんなちっぽけなプライドは鯉の餌にでもしてしまおう。恋だけに。


「よし!」


 思ったことを言うって難しいなぁ。


 吐きだした言葉に後悔はないけれど、その言葉に責任は持たないといけない。




※※※




「白雪、起きてる?」


 散歩から帰宅した俺はそのまま白雪がいる自分の部屋に行くことにした。


 時間はもう夜の十二時を回ろうとしていた。


 ドアをトントンとノックする。俺の部屋だけど。



(あ、あわわわわ! てる君!?)


(やばいやばいやばい! 寝かけていた!)


(もしかして襲われちゃう!?)


「……」


 返事があったけど返事がない。


 こんにゃろう、嘘寝しているな。


 こっちには全部お見通しなんだからな!


「大切な話っていうか、白雪に言いたいことがあるんだけど……」


「……」


「寝てるなら帰る」


「お、起きてるよぉ……」


 ドア越しにか細い声が聞こえてきた。


 白雪の緊張が伝わってくる。


 絶対にとんでもない勘違いをしていやがる。


「中入っていい?」


「ちょ、ちょっと待って! 心の準備が全然できてないから!」


「じゃあそのまま聞いて欲しいんだけど」


 俺はドアの前に座り込んでそのまま話をすることにした。


 面と向かって話をするのは恥ずかしいから逆に丁度良かったかもしれない。


「……この前、俺が今まで白雪に思っていったこと言ったじゃん」


「う、うん……」


「正直、今も白雪に対する劣等感とかはあるんだけどさ――」


てる君?」


 思ったことを言うって難しい。


 でも、ちゃんと言わないとその人と特別な関係になることができない。


「ごめん、私ズルかったね」


「え?」


 白雪がなにかを察して俺の話を遮った。


「私、自分の思っていることを言うのって恥ずかしいからずっと自分の殻に閉じこもってた」


「……」


「でも、最近ようやく素直になれている気がするんだ。同じように素直じゃないてる君が素直になってくれたから」


 声が近づいてきた。


 ドア越しに白雪がいる気配を感じる。


「だ、だだだから私からちゃんと言うね!」


「う、うん」


 胸がドクンと高鳴る。


 同時に白雪のとても暖かい気持ちが俺の心に流れ込んできた。


 そっか、俺たちやっとお互いの気持ちを言い合え――。



(――私、てる君のことが好きだよ)



 ネ タ バ レ や め ろ!


 心の声本当に邪魔!


 俺がネタバレ嫌いだったら完全にぶち切れてるわっ!


 映画とかのネタバレは平気なほうだけどさ!


 そもそも心の声が聞こえている時点でネタバレし放題な状態だった気もするけどさ!


「私、てる君のこと好きだよ。子供の頃からずっと好き」


「ぷっ」


 笑いが漏れてしまった。


 俺しか知らないことだけど、心の声のせいでどうもしまらない告白になってしまった


「な、なんで笑うのぉ……」


「俺、白雪に言いたいことがあるんだけど!」


「あっ、私もてる君に言いたいことがあるの」


 このときは心の声なんて聞こえなくても、お互いの言いたいことが分かっていたと思う。


「俺と付き合って!」


「私と付き合って!」


 こうして俺は家出中の白雪姫と恋人同士になった。

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