第24話 思ったことを言う[押せ押せ]

 ここでようやく白雪の顔を見ることができた。


「……っ」


 潤んだ瞳が俺のことを見つめている。


 心の声なんて聞こえなくても、白雪が今なにを期待しているか分かってしまった。


「いいの……?」


「ダメだったらそんなこと言わないでしょう」

(キスしたいキスしたいキスしたい)


 このタイミングで声が聞こえてしまった。


 自分ルールとか、今の状況とか、色んなことが頭の中でごちゃごちゃになり、先に自分の思ったことが口から出てしまった。


「今、キスするのはまずいよ……」


「え?」


「この状況でキスをしたら自分を抑えられる自信がない」


「自分を抑えるってどういうこと?」


 真面目なトーンで白雪が俺に聞き返してきた。


 肝心なところでとても察しが悪い。


「襲っちゃうかもしれないってこと!」


「ふぇ!?」


「キスなんてしたら白雪のこともっともっと触りたくなっちゃうよ!」


「さ、触るってどこを!?」


「む、胸とか……」

 

 思ったことを言った。 


 自分の欲求を素直に吐露してしまった。


 普通にセクハラ野郎である。


 この一ヶ月近く、様々なやらかしを重ねてきた俺だったが今日が

今までで一番ダメなやつだったかもしれない……。


 というか、今更だけど思っても言ってはダメなことって沢山あるよね!?


「そ、それはまだ恥ずかしいから……」


「……ごめん、変なこと言った」


「で、でも! どうしてもというならやぶさかでも

はないというか……」

(ど、どどどどうしよう!? ちょっと触って欲しいかも……)


「えぇえ!?」


 思いもしない声が聞こえてきた。


 俺たち距離の詰め方おかしくなってないかな?


 お互いに押せ押せモードになっているというかなんというか。


 しかもどっちも自分の欲に忠実になっちゃってるし。


「俺、白雪からちゃんと聞きたい!」


「ちゃんと聞きたい?」


「白雪は俺のこと好きなの?」


 前にもした質問を再度白雪に投げかけた。


「もう分かってるくせに」


「それでもちゃんと聞きたい」


「もう……」


 白雪がほんの少しいじけたように唇を尖らせた。


「私はね、ずっとずっと輝君のことを――」



「きゃーーー! 玄関に知らない靴がある!」



 ……下からおばさんの悲鳴が聞こえてきた。


 今良い所だったのにっ!


 あともう少しでちゃんと聞けたのにっ!


 どうしてこうも良い所でおばさんのキャンセルが入るのか!


 略しておばキャンだ!


 おばキャン禁止!


 しかもおばキャンのせいで、再び大ピンチに陥ってしまった。


 むしろ、よくさっき俺の靴見つからなかったな!


「お、おかしいなぁ、ちゃんとシューズボックスに隠しておいたのに」


「それは隠すとは言わないのでは……」


「うっ、仕方ないからちょっと行ってくるね」


「俺はどうする? ちゃんと謝ったほうが良くない?」


「大丈夫、お母さんに見つかったら大変なことになっちゃうから」


 白雪が名残惜しそうに布団から上半身を起こした。


「じゃあ俺はこのまま地蔵になってます」


「んっ」


「!?!?!?」


 一瞬、唇に柔らかい感触がした。


 気がついたら白雪の整った顔が目の前にある。


「えっ?」


「わ、私のファーストキスだからねっ! 感謝しなさいよ!」


「えっ?」


「こ、これで私の気持ち分かったでしょ!」


 いつもと同じような台詞を吐いて白雪は部屋を出ていった。



「白雪!? 顔真っ赤だけど大丈夫!?」


「だ、大丈夫! その靴は――」



 下から二人の大きな声が聞こえてくる。


 まずい状況のはずなのに俺はそれどころじゃなくなっていた。


 幼馴染みの白雪と……。


 一緒に子供時代を過ごした女の子と……。


 クラスのマドンナと俺は――。


 心臓が痛いくらい高鳴っている。


 心が温かいものでいっぱいになっている。


 二階は晴天、一階は荒れ模様。


 ちゃんとした言葉で聞くことはできなかったが、白雪の気持ちはちゃんと俺に伝わってきた。


 行動で自分の気持ちを伝える方法もあるんだ。


 心地の良い充足感で俺の気持ちはいっぱいになっていた。




※※※




 その後、さすがにこのまま白雪の家にはいられないということで、俺は二階から脱出することになった。


 二階の屋根と庭の塀が近くにあるので、上手く飛び乗れば外に出ることができる。


 昔、鬼ごっこをしていたときにこの方法でよく逃げていた。


 ……一回だけ大人に見つかって思いっきり怒られたけど。


「それじゃまた」


「うん、気をつけてね」


 そんな普通のやり取りをして俺たちは分かれた。


輝明てるあきが勉強してるのって珍しくない?」


「うっさい」


 俺は帰宅後も勉強を続行していた。


 クラスの白雪姫と釣り合う人間になれるようにちょっとでも頑張らないと。


「白雪ちゃん?」


「……なんでそこで白雪の名前が出てくるのさ」


「顔に書いてあった」


「嘘つけ! 書いてないだろう!」


「ムキになるのが益々怪しい」


 母さんが家事をしながら楽しそうに笑っていた。


 なーんで母親って息子の考えていること分かるのだろうか。


 実は俺の心の声が聞こえてたりしないだろうか。


「……」


 ……ないと言えないのが恐ろしい。


 あのまま、おばキャンが入らなかったら俺たちどうなってたのかな。


 そのまま流されて……もあり得そうな雰囲気だった。



ピンポーン



 玄関のチャイムが鳴った。


 時間は夜の九時。


 セールスが来るには大分遅い時間だ。


「はいはーい」


 母さんがパタパタと玄関に向かっていった。


 大雑把なO型はせっかくのインターフォンの画面を見ない。


 危ないセールスじゃないだろうな……。


 心配だから俺も玄関に行ってみよう。


「夜分遅くにすみません……」


「し、白雪ちゃん!? どうしたのこんな遅くに!?」


 はぁ!?


 何故か白雪がうちにやってきた!


 足元にはピンクのキャリーバッグが置いてある。

 

「あ、あのぅ……大変恐れ多いんですが一晩だけ泊めていただけないでしょうか……?」


「え? 急にどうしたの?」


「お母さんに毒を吐いてしまいまして、あははは……」


「毒!?」


「喧嘩しちゃいました……。家出してきたのですが行くところがなくて……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る