第23話 キスしてみない?

「あっ、おばさんに挨拶しないと」


「ちょっと隠れてて!」


「なんで!」


 白雪に無理矢理ベッドの上に押し倒された。


 もちろんそのままの意味で。


 白雪に置いてあった毛布を身を隠すように被せられた。


「しばらくそうしてて!」


 そう言ってドタバタと白雪が一階に行ってしまった。


 ……。


 ……。


 かくれんぼ?


 やりやがったなあいつ!


 さてはおばさんに俺が来ることを言ってなかったな。


「ふわっ」


 横になったらあくびが出てしまった。


 それにしてもふかふかして気持ち良いなぁ、この布団。


「だ、だから誰も来てないって!」


「本当? 誰かの声が聞こえた気がしたんだけど」


 なんで嘘ついてるのあいつ!?


 白雪とおばさんの声がどんどんこちらに近づいてくる。


「高校は一年生から大切なんだからね」


「……それは何度も聞いたよ」


「あなたはこれから一流の大学に行って一流の会社に入るんだから、常に自分の未来を見て行動しなさい」


「分かってます」


 おばさんの凛とした声が聞こえてくる。


 白雪の声もさっきまでとは打って変わり、いつものの声色に戻っていた。


「どれ、あなたの部屋掃除しちゃうから」


「い、今はいいよ! そんなの自分でやるから! お母さん、今日は会食じゃなかったの?」


「先方の都合でキャンセルになったの。今日はずっと家にいるから」


「そ、そうなんだー」

(ま、まままずい!)


 白雪の焦りの声が聞こえてきた。


 よく分からないけどこの状況は非常に良くない!


 今、もしおばさんに見つかったら怒られるだけではすまない気がする。


「中間近いんだっけ? 勉強頑張りなさいね」


「分かってるよ」


「高校は近くが良いっていうからワガママ聞いてあげたんだからね。あなたならもっと上の高校に行けたのに」


 え? そんな話初めて聞いた。


 ぎいっと部屋の扉が開く音がした。


「お、お母さん! 本当に良いから!」

(や、やばいッ!)


 白雪のひときわ大きな心の声が聞こえてきた。


「あっ、勉強してたのね」


「う、うん」


 う、動いちゃダメだ!


 布団の中でじっと息を潜める。


「感心、感心。頑張りなさいね」


「も、もういいでしょう? 勉強してたから……」


「そうね、じゃあ掃除は後にしましょうかしら。ん?」


 二人の気配が近づくのを感じた。


「布団どうしたの?」


「え?」


「いつもはちゃんとたたんでいるでしょう?」


 や、やべぇええええ!


 遠藤家なら絶対に疑問に持たないことをおばさんが言い始めた。


「ちょ、ちょっとさっきまで仮眠してて……」


「その服装で?」


「うっ」


 す、鋭い。


 おばさんの洞察力が半端ない。


 うちの母親とは全然違う!


「た、体調が悪かったから軽く寝てたの」


「そうなの? 大丈夫?」


「だ、だからもうちょっと寝かせてもらえると助かる……」


「そういうことならゆっくり休みなさい。何事も体が資本ですからね」


「う、うん」


「……」


「……」


 い、嫌な汗かいてきた。


 二人の間に謎の沈黙が流れている。


「その毛布、今週ずっと使っているやつでしょう? 今、取り替えてあげるから」


 オワタ。


 死刑囚が最後の判決くらうときってこんな気分なのかなぁ。


 もういっそのこと自分から土下座でもしてラクになりたい気分になってきた。


「私! もう寝るから大丈夫!」


 え? 


 白雪が勢いよく俺と同じ布団に入ってきた!


「お、お願いだからしばらく寝かせて!」


 白雪が思いっきり俺のことを抱きしめる。


 白雪の柔らかい女の子の部分が当たってしまっているが、そんなこと気にしている余裕はないようだ。


「そう? じゃあお大事にね」


「あ、ありがとう!」


「なにか欲しいものある?」


「ないから大丈夫!」


「そう? じゃあおやすみなさい」


 ガチャっと扉が閉まる音がした。


「……」


「……」


 二人息を潜めて、おばさんが一階に戻っていく音を聞く。

 

「……ぷっ」


「なに笑ってんだよッ! 生きた心地しなかったわ!」


「ごめんって」


「別に嘘つかなくても良かったじゃんか」


「ダメだよ。私の部屋に男の子来たって言ったらびっくりしちゃうから」


「やましいことしてないんだから素直に言えばいいだけなのに」


「私が素直じゃないのは知ってるでしょう」


 子供に戻ったみたいに、布団の中でひそひそ話をしている。


 でも今はもうお互いに子供じゃない。


 体が密着しているのに白雪の目をちゃんと見ることができない。


「……白雪のおばさん厳しくなってない?」


「うん、ちょっとめんどくさい」


「素直に言った」


「あっ、本当だ。毒なら素直に吐けるみたい」


「タチ悪いなぁ」


 ひんやりとした白雪の体温が段々と熱を帯びていく。


「これからどうしよっか」


「このまま一緒に寝ちゃう?」


「冗談言うとは余裕ですなぁ。俺は頭が真っ白になりそうだったのに」


「全然余裕じゃないよ。私もドキドキして今も頭が真っ白になってるもん」


「本当かなぁ。白雪は素直じゃないから」


「あははは、そうだね。それも嘘かもね」


 心の声は……聞こえてきていない。


「ねぇねぇ、遠藤」


「なんだよ……」


「遠藤は私のこと好きなんだよね?」


「そ、そうだけど……」


「嘘じゃない? 本当?」


「嘘じゃないよ。俺はお前と違ってちゃんと思ったことを言っているから」


「思ったことを言うかぁ……」


 白雪の手がふいに俺の背中に回ってきた。


「遠藤」


「今度はなんだよ」


「私たちキスしてみない?」

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