第14話 デートという言葉

「わ、私! 帰るねっ!」


 白雪が顔を真っ赤にしたまま、勢いよく玄関に行ってしまった。


「ちょ、ちょっと!」


 止める間もなく、ドタバタと白雪が家から出ていく音が聞こえる。


 この家のものではない女の子の甘い香りがほんのりとリビングに残った。


「……」


 その場に唖然と立ち尽くしてしまった。


 はっきりとデートと聞こえてしまった。


 しかもちゃんと白雪の口から聞こえてしまった。


 簡単に“デート”という言葉を使うほど、白雪が軽くないやつなのはよく知っている。


 嫌いな相手には絶対にその言葉は使わない。


 そんなの俺だってそうだ。


 鈴木白雪はクラスのマドンナで、俺の疎遠の幼馴染で――。


 遠藤輝明は成績も普通、運動も普通のオタクで陰キャなわけで……。


「こんな俺のどこがいいんだよ……」


 誰もいなくなった部屋でボソッとそんな言葉が漏れてしまった。




※※※




輝明てるあきー! 今日みんなとお出かけするんじゃないの?」


「うぅ……」


 朝、リビングで毛布にくるまっていたら母さんの元気な声が聞こえてきた。


「遅刻するよ」


「行きたくないなぁ……」


「なんでよ。みんなと遊びに行くからお小遣い前借りしたいって言ってたくせに」

 

 昨日は全然寝られなかった。


 白雪に会いたくない……。


 白雪とどういう顔をして会っていいのか分からない。


「私、ほっとしてたんだけどなぁ~」


 母さんが洗い物をしながら一人で話をしている。


輝明てるあきが久しぶりに誰かと遊びに行くって言うから」


「……」


「中学に入ってから暗くなっちゃってさ。白雪ちゃんも全然うちに来なくなっちゃうし」


「……」


輝明てるあきは成長期来るの遅かったもんね~」


「むっ」


「分かるよ、一緒に遊んでいた女の子に背を抜かれたら嫌だよね。気になる子の前ではカッコいい男の子でいたかったんだよね。それが成長とかどうしようもないところで――」


「母さん、朝からうるさい!」


「あっ、起きた」


 思わず起き上がってしまった。


 好き勝手言いやがって! しかも全部分かっているみたいなこと言いやがって!


「ご飯は?」


「いらない! 支度したら行くから!」


「はいはい」


 母さんがこちらを振りことなくただ淡々と声を出している。その変わらない態度もどこかムカつく。


「遅くなるの?」


「そんなにならないと思う!」


「じゃあ夜ご飯は作っておくからね」


 くっそー。


 うじうじ悩んでいても仕方ない。


 こうなったら白雪と会ってから考えよう。


「あんた、私の子なんだからうじうじ考えても仕方ないよ」


「どういう意味だよ!」


「だってあんたも大雑把なO型でしょう」




●●●




「ねぇねぇ~、てる君って私に遠慮ないよね」


「どういうこと?」


「だって新しいお母さんはすごく気を使っている感じするのに、てる君は私のことボロカスに言うから」


「なんで俺が白雪ごときに気を使わなきゃいけないんだよ」


「えへへ、ありがとっ」


「お礼言っちゃってるし」


「遠慮されないのってとっても嬉しいなって思って」


「へ、変なやつぅ……」


「私ね、思ったことがちゃんと言えないからてる君のことが羨ましい」


「お前は色々我慢しすぎじゃないかなぁ」


「我慢しすぎ?」


「そうだよ。たまには爆発してみたら? そうしたらみんながお前のこと一目置くようになるから」


「爆発?」


「死ねクソ野郎! って叫んでみるとか」


「ちねっ、クソやろぉ」


「迫力が全然ない……」




●●●





「……」 


 ぼーっとしていたら昔のことを思い出してしまった。


「じゃあ終わったら迎えにくるからね」


「うん、送ってくれてサンキュ」


「愛する息子のためだから!」


「気色悪いから普通にやめて」


 隣町にある遊園地まで、母さんに車で送ってもらった。


 車から降りて、入場口を見ると既にほとんどのクラスメイトが集まっていた。


「おっ、エンドゥおはよー!」


「おはよう」


 真っ先に近藤がいつもと変わらない挨拶をしてきた。


「帰国もといバックれたのかと思った」


「あはは、まさか~」


「いやいや、キャラ的にやりそうだから」


 失礼極まりない! キャラ的にってどういう意味だよ!


 それにしてもさすが今日のみんなはお洒落しているなぁ。


 近藤も袖がひらひらした服を着ていて、かなり女子っぽく着飾っている。


「……」


 きょろきょろと周りを見渡してしまった。


 白雪の姿はまだないようだ。


「あとは白雪だけかな?」


「来てないの?」


「ちょっとだけ遅れるってさ。せっかくだからみんなで待とうって話になってさ」


「へぇ~」


 まだ入場すらしていないのにみんな楽しそうにお話をしている。


 こういう雰囲気は苦手だけど嫌いじゃない。


 白雪も早く来ればいいのに……。


 あいつもこういう雰囲気は嫌いじゃないと思う。


「遠藤」


「どったの?」


「今日は私たちのグループだからね」


「ぐっ」


「言わないと逃げそうだから。絶叫マシンフルコースだからね」


「俺、絶叫マシン苦手なんだけど!」


 近藤に死刑宣告をされた。


 入場したらそのまま単独行動しようと思っていたのに。


 それから少しだけ時間が経つと、駐車場に黒塗りの外車が現れた。


 ……あっ、白雪だ。


 運転しているのは白雪の義理のお母さんだ。久しぶりに見た。


「ご、ごめーん! 遅れちゃった!」


 車から降りた白雪が小走りこちらまでやってきた。


「白雪さん、遅くなるようなら連絡してね」


「あっ、はい。分かりました」


 去り際に白雪のお母さんが車から声をかけていった。


 すっぴんのうちの母さんとは違い、白雪のお母さんはばっちりお化粧をしていた。


「えぇー! 白雪の家ってお金持ち!?」


「全然! 全然そんなことないよ! お母さんが車好きなだけだから!」


 白雪の周囲には、すぐに沢山のクラスメイトが集まっていく。


 ……正直、俺も少し白雪と話がしたい。


 白雪と話せばきっと自分の何かが分かるような気がする。


「……っ!」


 あっ、白雪と目が合った。



(は、恥ずかしぃいいい……。どんな顔すれば良いか分からないよぉ……)



 白雪も朝の俺と同じようなこと考えていた……。

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