第10話 白雪姫と遠遠藤

「なに朝からやり切った顔してるのさ」


「一つ大人の階段を登ったなぁと思って」


「イミフ」


 週明けの月曜日、今日も朝から近藤が俺に声をかけてきた。


 先週末の白雪姫襲来事件から丸一日。


 もやもやしていた部分を聞くことができて今日はとても清々しい気分だ。


 RPGでいうと一番の難所を抜けて大きくレベルアップした気がする!


「っていうか、メッセージくらい返してよ」


「メッセージ?」


「そうだよ、無視したでしょう」


「無視はしてないような……?」


「自分のメッセージ見てみ」


「んー?」


 近藤が俺と目線を合わせてくれない。とりあえず言われるがまま携帯の履歴を確認してみた。


「あっ」


「この近藤様を無視したな」


 白雪のことですっかり返信し忘れていた!


 近藤から映画を誘われていたんだった。


「行く行く! 俺も気になってたから!」


「反応おそっ!」


「それはごめんって」


「んー、素直に謝れたから許してあげましょう」


「さすが近藤様」


 近藤とそんな話をしていたら、教室の後ろの扉が開いた。


 白雪姫様の登校だ。朝からとても不機嫌そうな顔をしている。


「朝陽、おはよう」


「おはよう白雪」


 はい、隣にいる俺は無視である。


 こんなにあからさまだとムカつきもしない。


「白雪、遠藤のこと無視するの良くないよ」


 いやいや! 余計な事言わなくても良いから!


「むっ」

(なに、こいつー! 朝から二人で仲良さそうにしていてムカつくんですけど!)


 ほら見ろ! 心の中で思いっきり毒吐いているし!

 

「そんなの知らない! べ~~~っだ!」


 白雪にあっかんべーをされた。微妙に可愛さを残していて顔を崩し切れていない。珍しく心の声と行動が合っている。


「遠藤なんて大っ嫌い!」


 華麗にそう言い残して、白雪は自分の席に行ってしまった。


「ほぅ」


「な、なんだよ!」


「もしかして二人って仲良し?」


「今のがそう見えるとは近藤選手の目も節穴ですなぁ」


「えー、だって白雪があんなことする人いないと思うんだけど」


「そうかな?」


 確かにこの前のことで、白雪との間にあったわだかまりみたいなものは随分なくなった気がする。


 この前、白雪が家に来てはっきり分かってしまった。


 どんなに毒を吐かれようが、俺は白雪のことが嫌いじゃない。


 ムカつきもするし言い返してしまうときもあるが、俺は白雪のことが嫌いになれない。


 毒の状態異常耐性でもついちゃったのかなぁ?


 多分、白雪も俺と同じようなことを思ってくれていると思う。


 それが分かったから、前みたいに白雪の毒に傷ついたりしなくなった。


「仲良いっていうのはちょっと違う気がする」


「そうなの?」


「うん」


「ふーん」


 近藤がなにか言いたそうな顔をしていたがこの話はここで終わった。


 スッキリはしているのだが、それでも一つだけ気になっていることがある。


 あんなにはっきり聞いてしまって「死ね」とまで言われたからそれ以上はなにも言えなくなってしまったけど――。


 あいつ、好きな人がいるって言ってたよな……?


 そもそも俺は、嫌いじゃなければ白雪のことをどう思っているのだろう。


「ねぇねぇ、ところで遠藤は遠藤と近藤の違いって知ってる?」


「なにそれ?」


「平安時代の藤原氏は知ってるでしょ? 権力を持ったとっても偉い人」


「急に近藤がインテリっぽいこと言ってる……」


「いいから聞いてよ! 私の名字の由来って原氏にいからなんだって。原氏にくなるとになるんだって」

 

「へぇ〜面白い」


「でしょ? このクラスでの藤原氏は白雪だよね」


「だったら俺は遠遠藤えんえんどうになるわッ!」




※※※




「みんなー! まだ帰らないでぇー!」


 放課後になると、ある女子がほわほわした口調でみんなに呼び止めた。


 吹奏楽部の永地ながとちつばめさん。


 低めのサイドポニーにしている黒髪の女子。


 鳥の髪飾りがすごく特徴的。


 以上、俺の情報はそこだけ。


 白雪の取り巻きをやっていることだけは知っている。


「あと二日でゴールデンウィークになっちゃうでしょー? みんなでゴールデンウィークどこかに出かけな―い?」


 何故うちのクラスの陽キャはこんなに活動的なんだ。


 しかもクラス全員を巻き込んでなにかしようとしやがる……。


「さんせーい!」


 委員長の亮一君が手を挙げた。


 それに釣られて、他のみんな手を挙げていく。


 陰の者にはかなりつらい流れだ……。


 ゴールデンウィークなんてどこに行っても混むので、俺としては極力参加したくない。


 わざわざお金を出して人混みを見に行くなんて馬鹿みたいだとも思う。


 でもなぁ……この前みたいに本音がぽろっと漏れてクラスの雰囲気を壊したくはない。次、そんなことがあったら俺はこのクラスにいられなくなってしまう。


 なので、俺は黙ってうつむいているしかないのだ。



「海、行きたくない!?」


「馬鹿! 海はまだ寒いだろうがよ!」


「ゴールデンウィークは暑くなるからワンチャンあるよ!」



 ひぃいいいい。


 教室が賑やかな雰囲気に染まっていく。


「朝陽ー! 朝陽はどこに行きたい?」


「私? 私はどこでもいいよ」


「一番困るやつじゃん!」


「だってどこでもいいんだもん」


 近藤と永地ながとちさんが話している。


 自然体の近藤こんどうとほわほわしている永地ながとちさんの妙なギャップで教室中に笑いが起こる。


「じゃあ、白雪に決めてもらおうか」


「私っ!?」


 急に永地ながとちさんが白雪に話をふった。


「わ、私もどこでも――」


「白雪までそれはなしにしてよ~」


「うっ」


 あっちゃー、このクラスのこういう流れは良くないよなぁ。白雪を中心で物事を進めようとしている。



(困ったなぁ、この雰囲気で行きたくないなんて言えないし)


(私、そもそも大勢で行動するの得意じゃないんだけど……)


(行くなら遊園地かなぁと思ったけど笑われるかな……? 子供っぽいって)


(どうせ遊ぶならてる君んちでゲームやりたいなぁ)



 はぁ……。


 俺になら容赦なく毒を吐くくせに。


 そんなこと思っているならはっきり言えばいいのに。


「……」


 仕方がない。


 声が聞こえてしまったから俺も思ったことを言わないと。


「あのぅ……」


 恐る恐る手を挙げた。


「あれ? 遠藤……君だっけ? どうしたの?」


 永地ながとちさんが不思議そうな顔で俺のこと見ている。


 っていうか俺の名前うろ覚えなんかい!


「なんでもかんでも白雪に決めさせるのは違うんじゃないかなぁと思って……」


「ふむ」


「だってクラスのみんなで行くんでしょう?」


「言われてみると確かに~。じゃあどうしたらいいのかな?」


「た、多数決なんてどうかな!? 行きたいところみんなに書いてもらってさ!」

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