第8話 リビングにて 2

 キッチンのテーブルに白雪がお行儀よく座っている。


 幼馴染とはいえ家にクラスのマドンナがいる。


 時代劇に急にUFOが現れたくらいおかしな感じがする。


「白雪ってコーヒー大丈夫だよね?」


「うん、ありがとう」


 それにしてもこんな風に落ち着いて白雪と会話をするのは何年ぶりだろうか。


 俺たちってまだ普通に会話できたんだ……そのことに地味に感動してしまっている。


「アップルパイ、口にあえばいいけど……」


「へ?」


「美味しくなかったら捨てていいからね」


 白雪がぼそっとそんなことを言ってきた。


 誰だこいつ。


 俺の知ってる白雪じゃない。いつもの狂犬白雪姫はどこに行ったんだ。


「この見た目で美味しくないとかあるの?」


「それは食べてみないと分からないじゃん」


「それはそうだけど……」


 淹れたてのコーヒーを白雪の前に出す。


 インスタントではなくドリップしたコーヒーだ。母さんがコーヒー好きなので、自然と俺もコーヒーを飲むようになっていた。


「はい」


 アップルパイを、白雪と自分の皿に取り分けたる。


 食欲を刺激する良い香りもあって普通にお腹がすいてきた。そういえば朝ごはんもまだだしなぁ。


「じゃあいただき――」


「じーーーっ」


「まーすぅ……」


 食べづらぁ……。


 白雪が俺のことを凝視している。



(どうかな、どうかな)



 期待と不安。


 そんな感情で白雪が俺のことを見つめている。


 あの白雪姫がわざわざお菓子を作ってきてくれるなんて、学校の男子なら誰もが羨むシチュエーションだと思う。


「食べないの?」


「い、いや……」


 そんなに見つめられたら石化するっつーの! 毒だけじゃなく石化の状態異常付与まで手に入れたのかこいつは!?


 万が一美味しくなかったらどうすればいいんだ!?


「じゃあ食べるね」


「うん」


 白雪に見つめられたまま、アップルパイを口に運ぶ。


「どう?」


「……」


「ど、どう?」


「う、う――」


「う?」


「めちゃくちゃうまいっ!」


「本当っ!?」


「売ってるやつより断然美味しい! っていうかパイ生地うまっ! なんだこれ!? カスタードとりんごの甘さが丁度良くてめちゃくちゃ美味しい!」


「良かったぁ! この時期って美味しいりんごがないから缶詰めで代用したんだ! 缶詰めのりんごって甘いからパイ生地とカスタードを少し甘さ控えめに作って食感もサクサクになるようにと――」



「「あっ」」



 お互いに顔を見合わせてしまった。


 普段は絶対にこんなテンションで会話しないのに、あまりにも美味しすぎて頬が落ちるどころか口まで軽くなってしまった。


 白雪も顔を赤くして口を両手で隠している。


 俺も顔が熱い、余計な事を口走ってしまった。


 ……。


 ……。


 いや、待てよ……?


 むしろこれでいいのでは。


 声が聞こえたら、自分も思ったことをちゃんと口にするって決めたじゃんか。


 じゃあ、ちゃんと自分の思ったことを白雪に伝えないと。


「白雪」


「ん?」


「今日はありがとう。こんな美味しいアップルパイ初めて食べた」


「そ、そう?」


「まさかお前が料理を作れるようになるなんてびっくりしたよ」


「ま、まぁ、私もちょっとは成長するわけだし」


「昔は泥のおにぎりくらいしか作れなかったのに……!」


「そ、そういえばそんなこともあったね」


「お前はその泥のおにぎりを本気で俺に食わそうとしていたくらいなのに!」


「ま、まぁそんなことも……」


「あの白雪が! まさかあの白雪がこんな美味しいお菓子を作れるようになるなんて!」


「……」


「俺は信じられないよ! 明日、雪でも振るのか!? いや、地球がひっくり返るかもしれない!」


「もしかして馬鹿にしてるのッ!?」


 白雪が鬼の形相になってしまった。




※※※




「いや、本当に美味しかったんだって!」


「ふんっだ。あんたにはパイじゃなくて泥団子でも食わせてやれば良かったわ。毒入りで」


「ひどい」


 逆に白雪姫に毒を盛られることになってしまった。


 しくじった。悔いはないけど思ったことを全部を言い過ぎた。


「けどさ、あの甘さだったらいくらでも食えるよな。ちょっと食べ足りない感じするし」


「そ、そう?」

(やったぁ! 喜んでもらえたみたい! そんな風に言ってくれるならまた作ってきちゃおうかな♪)


 ……わずかな時間だが白雪と二人っきりになってはっきり分かった。


 やっぱりこの声は白雪の心の声だ。


 聞き間違いでも、他の誰かの声でもない。


 俺には間違いなく白雪の心の声が聞こえてしまっている。


 今日それが確信に変わった。


「俺にお返しできることってある?」


「お返しって、そもそもこの前のお礼のつもりなんだけど」


「でも、このままじゃ悪いよ。お菓子を作るのだってお金がかかっているんだろうし」


「うーん」


 俺だって白雪に借りを作るのごめんだ。このままなにかしてもらって終わりっていうのも良くないと思うし。


「じゃあさ、あれで遊ばせてよ」


「あれ?」


「あのテレビ」


 白雪がいつも俺が根城にしている大型テレビを指差した。


「テレビでなにするのさ」


「ゲームやろうよ。昔と違ってコテンパンにしてあげるから」


「なにぃ!?」


 白雪が俺に挑戦状を叩きつけてきた。




※※※




 俺と白雪は今流行りのバトルロワイアル方式のFPSゲームをやることになった。画面分割式で二人プレイにも対応しているゲームだ。


「エイムがいまいちですなぁ、白雪さん」


「はぁあああ? 私の銃、拾った瞬間に銃身曲がるんですけど!」


「なわけないだろ!」


 白雪が毒というかいちゃもんをつけている。


 白雪のことを煽ってはみたが普通に上手い。ある程度、このゲームにやり慣れた人間の動きだ。


「お前ってゲームやったりするのな」


「私、サブカル文化大好きですけどなにか」


「うそだぁ!」


「ここで嘘ついてなんの意味があるのよ。昔もよく一緒にやってたじゃん」


 白雪が真剣な顔でコントローラーを握っている。


 油断していると普通に白雪に負けそうだ。


「ねぇ~、勝負しようよ」


「勝負?」


「キル数多い方が質問に答える」


「負けないからいいけど」


「その鼻っ柱へし折ってあげる」


「ふんっ、返り討ちにしてやる」


「勝負は三本勝負ね。各試合、キル数が多い方が勝ち。負けた方が質問になんでも答えるっていうのはどう?」


「望むところだ!」

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