第7話 リビングにて 1

(朝陽)< そんなに私と友達になれて嬉しかったんだ~



 家に帰るとすぐに近藤からメッセージが届いた。


 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。


 カラオケは無事終わったが、連日で黒歴史確定の出来事を起こしてしまった。


 もしかして、思ったことを言うって俺のほうがリスク高くないか!?



(遠藤)< うん



 そんな素っ気ないメッセージを返してしまった。


 友達とメッセージのやり取りなんてしたことないからどう返していいか分からないよ。


「あぁあああああああ!」


輝明てるあきうるさい」


 リビングのソファーで悶絶していたら母さんに怒られた。


「あんた、テレビの前好きすぎじゃない?」


「ここが一番落ち着くの!」


 俺の部屋にはベッドと本棚くらいしかない。

 

 親にはいくら言っても部屋にテレビは置いてくれなかった。多分、俺が引きこもりになるのを警戒されているのだと思う。なので、俺は一階のリビングにあるテレビ前のソファーで過ごすのが多くなっていた。


「それにしてもあの白雪ちゃんがあんなに綺麗になるとはねぇ」


「白雪の話はしないで!」


「なんで? 仲直りしたんじゃないの?」


 仲直りって……。


 そもそも俺たちって喧嘩してたんだっけか。


 いつの間にか話さなくなって――。


 いや、いつの間にかはちょっと違うか。俺が距離を取るようになったんだ。


 白雪が中学に入ってから女の子らしくなるものだから……背は追い抜かされるし、む、胸だって急に膨らむし。


 声変わりすら最近だった俺は、白雪と一緒にいるのが恥ずかしくなってしまった。


 

「はぁ!? あんたとまた同じクラスなんて最悪なんですけど!」



 俺の高校生活は白雪のこんな一言から始まった。


 再び話すようになったのは高校に入ってからだった。


 ここまでなってしまったのは俺がひねくれていたからだと思う……。


「あ」


 携帯が鳴った。また近藤からメッセージが届いたようだ。



(朝陽)< 素直でよろしい


(遠藤)< ども


(朝陽)< 今度映画見に行こうよ、ゾンビの新作やるよ


(遠藤)< めっちゃ興味ある


(朝陽)< じゃあ行ってみる?



 そんなひねくれた俺でも友達ができるなんてなぁ。近藤には感謝しないといけないな。


「ん?」


 携帯がまた鳴った。



(白雪)< 起きてる?



 今度はまさかの白雪だった。



(遠藤)< 起きてる



 あっ、すぐに返信してしまった。これだと携帯をずっと眺めていたみたいだ。もう少し時間を置いた方が良かったかな?



(白雪)< 具合はどう?



 白雪から爆速で返信がきた。


 まだそんなこと気にしてたんだ……。



(遠藤)< 全然大丈夫


(白雪)< 良かった。今なにしてるの?


(遠藤)< テレビ見てた


(白雪)< そっか、ところでお礼の話なんだけど



 そうだ。お礼の話がまだ終わってなかった。


 あの声のことをしっかり確かめないと!



(遠藤)< うん


(白雪)< 週末、あんたの家に行ってもいい?



 はいぃいい? 白雪が予想だにしないことを言ってきた。。




※※※




「お邪魔します」


 四月下旬の土曜日。


 白雪が朝イチでうちの玄関に襲来した。


 母さんは日中仕事に行っているので夕方までは帰ってこない。


 今、この家には俺と白雪の二人しかいない。


「……」


「……」


(ドキドキドキドキ)


 自分の家なのに異様に落ち着かない。


 これじゃこの胸のドキドキがどっちのものなのかは分からないや。


「お礼なんて良かったのに」


「借りはすぐに返さないと私の気が済まないの!」


「お前ってそんな戦闘民族みたいなやつだっけ……」


「うるさい!」


 こっちとしてはそんな借りを作った覚えはないんだが。


 それにしても白雪の毒がいつもより弱い気がする。


 どこか落ち着かない様子で、周りをきょろきょろしている。


「きょ、今日は服ちゃんとしてるのね」


「いや、お前が来るっていうから……」


 ぎこちない会話が続いてしまう。


 今日の俺の服装は半袖の白いパーカーにジーンズ。うん、いつもの服装だ。


 一方、白雪は白いトップスにネイビーのスカート、髪には黄色の花形のヘアピンを付けている。白雪らしく清楚系でまとめている。


 かなりおしゃれをしている……と思う。


 まぁ、俺に女子のファッションは微塵も分からないのだが。


「そ、それで――」


「うん」


「こ、この前のお礼にお菓子を作ってみたんだけど」


「へ?」


 白雪が真っ赤なリボンがついた箱を俺に渡してきた。


「なにこれ?」


「だからお菓子」


「なんで?」


「だからこの前のお礼」


 気恥ずかしくなって何度も同じようなことを聞いてしまった。


 えっ? あの白雪が?


 えっ? 俺にお菓子を作ってきたの?


「か、勘違いしないでよねっ! 別にあんたのために作ったわけじゃないんだから! お菓子作るのが好きだからついでに作っただけだから!」


 白雪の顔がまたリンゴみたいに赤くなっている。


 こんな感じのときって例の声が聞こえてきてたんだけど……。


「……」


 今日は聞こえてこない……。


 こうなると益々意味が分からない。


 今の不思議な状況も相まって頭が真っ白になりそうだ。


「開けていい?」


「う、うん……」


 しゅるしゅると赤いリボンをほどいて箱を空けると、シナモンの甘くて良い匂いが玄関に広がった。


「アップルパイ?」


「うん」


 箱の中には焦げ目一つもない綺麗なアップルパイが入っている。お店の売り物みたいに形も綺麗に整っている。


「お前って料理できたんだ……」


「あんたは一体いつの話してんのよ」


 上目遣いでじっと見つめられてしまった。


 俺の知ってる白雪ってめちゃくちゃ不器用だったのに。


「……なにか飲む?」


「え?」


「せっかくだから一緒に食べない? あがってけば?」


「だ、だからあんたのために作ったわけじゃ……」


「はいはい」


 よく分からないけどすごく嬉しい。


 あの声のおかげかな? 今までは口から出る言葉を全て鵜呑みにしていたが、今はそれだけじゃないんじゃないかなって思えている。


 事実、白雪はこんなことのために、わざわざ休みの日にうちに来てくれているわけだし。



(はわわわわ! どうしよう! 家にあがれって言われちゃった)



「……」



(うぅ、頭が真っ白になりすぎてさっきまでなにを話していたか覚えてないよぉ……)



「……」



(え、エッチなことされたらどうしよう)



 あ、頭痛ぇ……。


 ま、また、あの声が聞こえてきてしまった。


「と、とりあえず家にあがって……」


「う、うん」


「なにもしないからなっ! 変なことは心配するなよ!」


「へ、変なことって! 一体なにを想像してるのよ変態ッ!」


「お前にだけは言われたくねぇええ!」

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