第5話 クラスの白雪姫

「あ、あああんた急に馬ッッ鹿じゃないの!? 馬鹿じゃないの!」


 白雪の顔が一瞬で旬のリンゴみたいに真っ赤になった。


 ふんっだ。


 自分でも恥ずかしいことを言ってしまったと思うが、言ったら言ったで謎の達成感がある。


「あ、頭が湧いてるんじゃないの! このエッチ!」

(嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい)


「どこがエッチだ!」


「あ、あんたが急に真面目な顔で変なこと言うからでしょう!」

(嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい)


 あっ、無理だ!


 聖徳太子って確か十人の話を同時に聞けたんだっけか。俺は一人でもキャパオーバーっぽいんだが。


「へ、変なことは言ってないけどな」


「えっ? じゃあ本心からってこと?」


「うん、今までそう思ってた」


「へ、へぇ~……そうなんだ……ふーん……」

(えへへへ、もっと可愛いって言って欲しいな)


 ま、満更でもなさそうだ。


 こんなこと周りからは散々言われているだろうに。


「可愛い」


「や、やめなさいよ!」

(えへへ~、もっと言って~)


「白雪はすごく可愛い」


「だ、だからやめなさいって言っているでしょう! 急にどうしたのよ!」

(嬉しい~、今までおしゃれ頑張ってきて良かったぁ)


「ず、ずっとそう思ってたから……」


「あんたに可愛いって言われるの本当にきもいんですけど~」

(ふふふ、今日はお祝いにケーキでも買っていっちゃおうかなぁ)


 あぁああああああ! もうわけ分からん! 


 俺はどっちのこいつと話しているんだ!?



「やべー、あいつ白雪さんのこと口説いている」


「もっと見えないところでやれよな。どうせ無理なんだし」



 とても大きなひそひそ話が聞こえてきてしまった。


 ま、またやっちまってる……。


 に恥ずかしいことを口に出しているのは俺しかいない。そのことを失念していた。


「えへへ、本当に気持ち悪いんだから。いやらしい目で私のこと見ないでよね」


「お前ぇ……!」


 一回マジでひっぱたいてやろうかと思った。




※※※




「大丈夫?」


 教室に戻ると、近藤がすぐに俺のところにやってきた。


 どうやら俺のことを心配してくれていたらしい。


「致命傷だけど大丈夫だよ」


「どういうこと!?」


 白雪とはただ携帯の番号を交換して終わった。「みんなには絶対に内緒だからね!」と念は押されたが、かなり平和に終わったと思う。


 周りからの視線は全然平和に終わってないけどな。


 早く帰って寝て忘れたい。


「白雪さーん、待ってたよ! みんなでご飯に行こう!」


「あっ、待たせちゃった? ごめんね」


「遠藤と何してたの?」


「昨日のお話してただけ。大丈夫だよ、遠藤は怖くない人だから」


「え~」


 戻ると同時に白雪はみんなに声をかけられている。教室を一緒に出ていった件は上手くフォローしているようだ。


「近藤は行かなくていいの?」


 その様子を近藤が頬杖をつきながら見ていた。


「ん~、今日はいいや」


「意外、白雪と仲良いと思ってた」


「仲良いよ。でも、クラスが“白雪姫”を中心で回っているのはちょっと違うと思ったりもして。あっ」


 近藤が自分の口を咄嗟に両手で塞いだ。分かりやすいなぁ、明らかに口を滑らしたといった顔をしている。


「い、今のは何卒聞かなかったことに」


「分かってるよ」


 近藤が言うことも分からなくもない。


 高校入学からまだ二週間くらいしか経っていないのに、クラスがみんな“白雪姫”に嫌われないように行動している。それに違和感を覚える人間は少なからずいるというわけだ。


 まぁ、かくいう俺も白雪のことをクラスの白雪姫というフィルターで見ていたけど……。


(私だって恥ずかしいんだけど)


 さっきそんな声が聞こえてしまった。


 もしかしたら白雪って俺が思っているよりもずっと弱――。


「ところで遠藤」


「ん?」


 近藤に声をかけられて我に返った。


 危ない、危ない、周りに人がいるのに深く考え事をするのは良くない癖だ。


「今日、みんなでカラオケに行くんだけど遠藤もどう? っていうか行くよね? 委員長の亮一りょういち君がみんなに声かけているらしいし」


「なんで陽キャってカラオケに行きたがるのさ!?」




※※※




 一年七組、四十名。


 部活で来れない人間は何名かいるらしいが、ほぼ全員がカラオケに参加することになった。


 学校から駅前にあるカラオケ屋まで一年七組の大名行列できている。俺は今、その最後尾を歩いているところだ。


「四十人以上入れる席はないみたいだから、二つのグループに別れましょう!」


 委員長の亮一君がみんなにそう声をかけている。


 亮一君はテニス部所属でクラスの中心人物。白雪と共にクラスカーストの最上位にいる人物だ。


 つまり俺とは正反対にいる人物である。


「遠藤! 俺たちと歌おうぜ」


「え゛ぇえっ!?」


 亮一君が遅れてついてきている俺に気がついて、わざわざ最前列から最後尾まで駆け足でやってきた。


「いいよ! 気を使わなくて!」


「気なんて使ってないよ! 同じクラスメイトじゃん!」


 何度でも言うが真の陽キャは性格が良い!

 

 善意100%で言っているのが伝わってくるので、下手に悪態をつくこともできない。


「遠藤って何歌うの?」


「あ、アニソンとかかな」


「いいじゃん! 俺、アニメ好きだよ!」


「誰も知らない曲を歌うのはどうなのかなぁと思ってたんだけど……」


「そんなの気にしなくていいじゃん! カラオケなんて好きなの歌えばいいだけなんだから!」


 くそう、良い奴すぎる。話していて全然嫌な気持ちにならない。ちゃんと会話が展開できない自分が情けなくなってくる。


「遠藤! 私もアニメ好きだよ!」


「こ、近藤まで……」


 近藤まで話に混ざってきてしまった。


 ま、まずい。


 このままでは上位グループに取り込まれる。


 今日は大人しいほうのグループに混ざって平穏に終えたかったのに。


 しかもそっちのグループに混ざるということは、白雪と同じグループになってしまうということだ。


「あはは、今日はなに歌おうかなぁ」


 その白雪は女子の上位グループとおしゃべりしている。


「……っ!」


 前を歩いている白雪と目が合った……気がした。

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