第2話 心の中を読めたらなって

「エンドゥ! おはよー!」


 朝、教室に入るとすぐにあるクラスメイトに声をかけられた。


「エンドゥ言うな。どこの助っ人外国人だよ」


「すぐに帰国しそう。珍しいね、今日は白雪と一緒?」


「違うよ。たまたまそこで会っただけ」


 こいつの名前は近藤こんどう朝陽あさひ


 たまたま席が隣なだけの女子。なので友達ではない。


 毛先が少しうねったボブヘアーをしていて、可愛いと綺麗を両立している容姿をしている。


 底抜けに明るい性格でクラスのムードメーカー的な存在だ。男女問わずよく話しかけていて、クラスの日陰者の俺にもこうして分け隔てなく接してくれている。


 俺がクラスで唯一まともに会話できる相手だ。

 

「だよね、遠藤と白雪って仲悪いもんね。この前言い合ってるの見ちゃったよ」


「ぐぅ……」


 火の玉ストレートすぎて何も言い返せねぇ。


 白雪は白雪で口が悪いが、こいつはこいつで歯に衣を着せない言い方をする。


 まぁ、そこが近藤こんどう朝陽あさひがクラスで愛されている部分でもあるのだが。


「近藤、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「なんだね、遠藤君」


「人の心の声って聞こえると思う?」


「はぁ?」


 あっ、あからさまに“何言ってんだコイツ”みたいな顔しやがった。


「それは真面目に答えないといけないやつ?」


「いいよ、その反応で大体分かったよ」


「良かった、まだ寝ぼけてんのかと思った」


 近藤がにかっと笑みを浮かべた。夏休み前の小学生みたいな顔になっている。


「あっ、でもね! 私、人の心の中を読めたらなって思うことはあるよ」


「へぇ~」


「なによ! 一応、遠藤のフォローしてやったつもりなんだけど!」


「いや、俺もそう思ったことあるよ。話聞いてくれてありがとう」


「ちゃんとお礼が言えてえらい」


 俺の肩をポンポンと叩いて近藤さんは去っていった。自然にボディタッチしていくが、すごく異性に勘違いされやすい距離感だと思う。


 現に近藤はクラスの中ではかなりモテるらしい。


 白雪が手の届かない高嶺の花なら、近藤さんは等身大のヒロインと言ったところだろうか。


 俺は絶ッ対にそんな勘違いはしないけどな! 近藤は誰にでもそういう態度なの知っているし。


「白雪、おはよう!」


「おはよう、朝陽あさひ


 近藤が白雪に話しかけにいった。それにつられてクラスカースト上位の連中も一緒に集まってくる。


 真ん中の一番後ろの席が俺。


 白雪が窓際の一番後ろの席だ。


 微妙に距離が近いので会話が聞こえてきてしまう。


「今日の放課後、クラスのみんなで遊びに行く予定なんだけど白雪さんもどう?」


 クラス一のイケメンと呼ばれている男が白雪に声をかける。


「私も行っていいの?」


「もちろん! みんな、白雪さんには来て欲しいって思ってるよ!」


 俺に発射したあの毒はどこへやら。すました顔で白雪が話をしている。クラスの中だと相変わらずの品行方正っぷりだ。


 白雪が毒を吐く現場は限られている。


 昨日みたいな告白をされたときが一番多いと思う。自分がフラれたことを言いふらす人はいないと思うので、白雪の口の悪さは周りに広まっていない。世の中って本当に強者には上手くできていると思う。


「あははは、それは大袈裟だよ」


 ありえねぇ、あの白雪があんなこと言うはずがない。


 近藤の言う通り寝ぼけていたのかも。もしくは通りすがりの誰かの声が聞こえてきただけだったか。


「あれ?」


 というか、その遊びに俺誘われてなくない!?


 クラスのみんなでって聞こえちゃったんだけど!




※※※




 いいさ、いいさ。


 別にカラオケなんか行きたくもないし、行ってもアニソンを歌って引かれるのが容易に想像できる。


 でも、ちょっとはモヤっとはするわけじゃないですか。別に一声かけてくれてもよくない? 的な。


 確かに近藤以外のクラスメイトと話す機会はないけどさ。


 いまだに男友達すらできていないけどさ。


 まぁ、そんなことを思ってもはっきりと口に出すことができないのが俺なのだが。


「えっ!? 白雪さん行けなくなったのー?」


「ご、ごめん! 用事ができちゃって」


 放課後になるとすぐにそんな会話が聞こえてきた。


「白雪さん行かないなら私も行かなーい」


「えっ、じゃあ俺も行かないよ」


「俺もー」


 あーあー、白雪を中心に遊びの予定が崩壊していってる。


 あるよなぁ、あの人が行かないなら私も行かないってやつ。


 まぁ俺には関係のないことだ。だって俺、誘われてないし。


「まぁまぁ! みんなそう言わずにさ! そういう言い方したら白雪が可哀想だよ」


 クラスの中で唯一、近藤が白雪のことをかばっている。


 こうなってしまうと最初の言い出しっぺが責任重大になる。自分のせいでみんなの予定が崩れていくわけなので。


「ご、ごめん! やっぱり大した用事じゃなかったから行くよ!」


 白雪が困った顔を浮かべながらみんなにそう告げた。


「本当!? じゃあ行こうよ!」


「なーんだ! 今日ずっと楽しみにしてたんだ!」


「よし、じゃあ行こう行こう!」


 これにて一件落着。


 白雪が犠牲になることで、クラスの平穏は保たれたのだ。


 でも――。



(どうしよう、今日はお母さんに早く帰ってくるように言われたのに……)


(仕方ないよね……。みんなにがっかりされたくないし)


(はぁ、それに今日は見たいドラマがあったんだけどなぁ)


(そもそもカラオケ得意じゃないし……)


(なんで、私って思ったことと違うことが口から出るんだろう……)



 まただ。


 また誰かの声が聞こえてきた。


 声の主はとても落ち込んでいるようだ。


 白雪……?


 よく分からないけど、白雪の声が俺にだけ聞こえているような気がする。



「馬っ鹿じゃねーの。予定があるなら行かなきゃいいじゃん」



 思わず白雪にそう声をかけてしまった。


「えっ!?」


 誰かの驚いた声と同時に騒がしかった教室が静寂に包まれる。


「……」


「……」


「……」


「……」


 し、しまったぁ……。


 完全にやらかした。


 クラスではいつもなにも言わない俺が、昔馴染みの白雪だと思って強い言葉が出てしまった。


 遊びにも誘われていない奴が、勝手に話に割り込んで、あまつさえクラスのマドンナに悪態をついてしまった。


 あの白雪でさえ大きな目が更にまん丸になっている。


「え、遠藤?」


 近藤がその静寂をおそるおそる破る。


「ご、ごめん! 決してみんなの遊びにケチをつけたいわけではなくて! でも予定がある人を無理矢理誘うのは良くないんじゃないかなとも思ったりもして!」


 もはや誰に弁明しているかも分からない。背中には嫌な汗をびっしょりかいてしまっている。


「俺、行くから!」


 こうなったら帰ろう! 一刻も早くこの場から立ち去ろう。


「それじゃ、また明日!」


 俺は逃げるように教室から立ち去ることにした。




※※※




「早く寝よう」


 幻聴に反応してしまうなんて病気だ。


 疲れだ、そうだ疲れに違いない。だからあるはずのない幻聴が聞こえてしまうんだ。


 今日は映画でも見ながらゆっくり休もう。嫌なことは寝て忘れよう。


 あっ、でも寝たらすぐに明日になっちまう。


「ちょっと待ちなさいッ!」


「うげっ」


 早歩きで帰っていたら白雪が後ろからダッシュでやってきた。


「な、なんだよ! カラオケは行かなくていいのかよ!」


「はぁはぁ……! あ、あの雰囲気で行けるわけないでしょう! 本当にとんでもない空気を作ってくれたわね!」


 白雪が息を切らしている。かなり急いで俺のことを追ってきたっぽい。


「……でも、ありがとう。助かった」

(好き好き! 大好き!)


 白雪が思いもしないことを言ってきた。二つの意味で。

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