クラスの白雪姫は毒リンゴを食べずに毒を吐く ~疎遠だった幼馴染が実は俺にデレデレだった件~

丸焦ししゃも

第一章

第1話 白雪姫は毒を吐く

 童話の白雪姫。


 毒リンゴを食べた白雪姫が、最後は王子様のキスで目を覚ます。


 とんでもないご都合主義だと思うが、俺はその物語をとても気に入っている。


 物語の終わりはやっぱりハッピーエンド!


 映画や小説が大好きな俺はこれが一番だと思っているからだ。


 そんなハッピーエンド厨とも呼べるオタクの俺だが、今日もその物語を思い出させる女子を目撃してしまった。


「鈴木さん、僕と付き合ってください」


 体育館裏の自転車駐輪場。


 その女子が一個上の先輩に告白されている。


 告白している先輩は俺でも知っているくらい学校の有名人だ。バスケ部のエースで、去年インターハイに出場したとなにかで見たことがある。


「ごめんなさい」


 ……が、その先輩は秒でフラれてしまった。


 俺の名誉のために言っておくけど、これは決して告白現場を覗いているわけではない!


 帰ろうとしたらたまたまその現場に居合わせてしまっただけだ。


「どうして? 俺、そんなに悪くないと思うけど」


 すごい自信だ。けどその通りだと思う。


 爽やかな見た目をしていて男の俺から見ても格好良い人だと思うもん。きっと、こういう人が恋人ならリア充まっしぐらな高校生活が送れるんだろうなぁ。

 

「好きな人がいるので」


 しかしその女子は間髪入れずにそう答えた。


「いいから、連絡先くらい教えてよ」


「嫌です」


「それくらい別にいいじゃん。絶対に俺を好きにしてみせるからさ」


「はぁ?」


「実際に付き合ってみないと分からないことって多くない? 体の相性とかさ」


「体の相性……?」


「それにさ、その言い方だとその人とは付き合えてないんだよね?」


「……」


 その女子のスラっとした長身が小刻みに震えはじめた。


 これ以上は非常にまずい。


 ……ちなみに俺はその女子のことをよく知っている。


「はい! ストップです先輩! 彼女、嫌がってますから!」


 俺は二人の間に割って入ってしまった。


「はぁ!? 誰、お前?」


「こいつの知り合いです! 先輩、それ以上は――」


 俺がそう言うと同時に、



「うるさいっ! この変態ッ!」



 その女子の怒声が聞こえてきた。



「この性欲モンスター! 頭まで○○になってるんじゃないの! この万年発情期野郎ッ!」


 その澄んだ声から出ていると思えないほどの罵詈雑言が聞こえてきた。


 ――俺の幼馴染の鈴木すずき白雪しらゆき


 クラスのマドンナで、“白雪姫”と称されている女の子だ。




※※※




 子供の頃はよく遊んでいたが、進級・進学するにつれ話さなくなっていた。


 ――今は疎遠の幼馴染。


 それが俺と白雪の関係だ。


 なので特別仲が良いわけではない。


「勘違いしないでよね、あんたに助けられたとは思ってないから」


 ほらね、ゴミでも見るような目で俺のことを見ているし。


 さっきまで告白していた先輩には悪いが本っ当に可愛くない!


 見た目だけなら、雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀こくたんの窓枠のような黒い髪と、まるでおとぎ話からそのまま出てきたみたい容姿をしている。


 だが、絶望的に性格が可愛くない! 口が悪い!


「で、なんであんたがここにいるのよ」


「停めていた自転車を取りにきただけだけど……。うちの高校、体育館裏に駐輪場があるから」


「盗み聞きは趣味悪くない? きもっ」


「あの状態で出ていく方が無理だろうがよ!」


「じゃあ一生出てこないでよ。あんたに見られるなんて本当に最低最悪なんだけど」


 くそぅ、こいつと話しているとイライラしてくる。

 

 なにが白雪だ。こいつには逆に毒リンゴを食わせて黙らせてやりたいくらいだ。


「お前なぁ、高校に入学してから何人に告白されているかは分からないけどああいう態度は良くないんじゃないかな」


「なんであんたにそんなこと言われないといけないのよ」


「だってまだ入学してから一ヶ月も経ってないんだぞ。今はお前の口悪さが広まってないけど――」


「だから、なんであんたにそんなこと言われないといけないのよ」


「俺は幼馴染として心配を……」


「あんたの幼馴染というだけで恥なんですけど。できることならあんたの幼馴染なんて今すぐやめてやりたいわ」


 かっちーん。


 さすがにその発言はラインを越えているだろうが!


「っていうか、なにその寝ぐせ」


「寝ぐせ?」


「高校生になったんだから、身だしなみくらいちゃんとしなさいよ。そんなんだからいつまでたっても彼女できないのよ」


「俺に彼女がいないのはお前に関係ないだろ! というかお前に好きなやつなんていたのかよ!」


「……」


「口の悪いお前が好きになるやつなんて、さぞかし王子様みたいなやつなんだろうな~。あっ、教室ではずっと大人しい“白雪姫”で通っているんだっけ?」


「う、うるさい! この馬鹿! アホ! あんたなんて陰キャなんだから一生家で○○してればいいのよ!」


「ぐぅううっ!」


 またしてもとんでもない罵詈雑言が飛んできてしまった。




※※※




 俺、遠藤えんどう輝明てるあきは傷ついた心のまま帰路についた。


 あいつの悪口は破壊力がやばいんだよ。腹に手を突っ込まれて、そのまま内臓をえぐりだされたような気分になる。


「はぁ」


 ため息が出てしまう。


 昔はこんなんじゃなかったんだけどなぁ。


 家が近所だったからよく遊んでいて――。


 白雪が変わったのは中学一年生の頃だっただろうか。


 体つきがどんどん女の子らしくなり、短かった髪は伸ばすようになった。


 みるみるうちに女性として綺麗になっていく白雪を周囲の人間は放っておかない。


 中学二年、中学三年、そして高校一年生の今でも、鈴木すずき白雪しらゆきはクラスの“白雪姫”として常にクラスのマドンナとして扱われるようになった。


 成績も普通、運動も普通。オタクで陰キャな俺とはいつの間にか距離ができるようになっていた。


 たまに話してもこんな風に喧嘩してばかりだ。


「……あいつ好きな人いたのか」


 そりゃそうだよな、白雪と距離ができてからしばらく経つのだから。


 納得はしているし、理解もしている。


 でも、なんでだろうなぁ。


 その言葉を聞くと心がずしっと重くなるのだが。


 幼馴染としては応援してやるべきなんだろうな……。


 確かに白雪は口が悪い。


 だが俺も俺であいつには素直になれないでいた。


 思ったことをちゃんと口に出すこともできないし、言いたいことをちゃんと伝えることもできない。


 こんなんだから高校に入っても友達ができないんだ!


 そんなことを悶々もんもんと考えながら歩いていると、家の近くの神社が目に入った。


 ここは昔、俺たちがよく遊んでいた場所だ。


「はぁ、たまにはお参りでもしてみるか」


 懐かしさを感じて俺はその神社に立ち寄ってみることにした。


 赤い鳥居をくぐると、すぐに古びたお賽銭箱が現れた。


「ええーい! 小銭を全部入れてやる!」


 もやもやした気持ちを振り払うように、財布の中の小銭を全部お賽銭箱に投入した。


 チャリンチャリンと小銭の音が誰もいない神社に響き渡った。


「あっ、せっかくだからお願いごとしないと!」


 手を合せて、どこにいるかも分からない神様にお辞儀をする。


 お願いごと……お願いごと……。


 友達が欲しい? 小遣いが欲しい? 成績アップ? それとも白雪に言われた彼女が欲しいだろうか。


「……」


 春の穏やかな風が俺の頬を撫でた。


 少しの間、周囲がしんと静まり返る。



「神様、神様、いつも毒を吐いてくるあいつの本心が知りたいです――」



 俺の声は夕焼けの空にそっと溶け込んでいった。




※※※




「「げっ」」


 次の日の朝、家の近くの交差点で信号待ちをしていると登校中の白雪に出くわした。


「朝からあんたの顔を見るなんて最悪」


「うるさいなぁ、それはこっちのセリフだよ。近所に住んでいて、しかも同じ教室に行くんだからこういう日もあるだろう」


「はぁ? なにそれ? ストーカー?」


「ストーカーではないだろうがっ!」


「っていうか今日は自転車どうしたの?」


「チェーンが外れてペダルがこげなくなった」


「ちゃんとメンテナンスしないからでしょう。情けない」


 昨日の出来事があったからか、今日は朝から毒を吐いてきやがる。このままでは朝から状態異常にかかったまま一日を過ごすことになってしまう。



(あわわわわっ! 今日は会えた! やっぱりこの時間に登校してるんだ!)



 ん? ふと、どこかから誰かの声が聞こえてきた。


「お前、なんかしゃべった?」


「はぁ? 私があんたなんかに声をかけるわけないでしょう」


「だよな」


 養豚所の豚でも見るかのような冷たい視線が俺に降り注ぐ。


 まぁ、この視線に関しては慣れてはいるのだが――。



(私の馬鹿ぁ! なんでもっと素直になれないの!? ちゃんと昨日のお礼をしないとって思ってたのに! それに昨日は言い過ぎたって謝らないと……)



 またしてもどこかから声が聞こえてきた。

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