第11話 宿屋の賑やかな朝


「うぅ……。頭が痛いです……」


 朝になって。

 宿屋のベッドの上でミズリーが目を覚ます。


「あれ、ここは? あ…………」


 ミズリーは辺りをキョロキョロと見回し、ソファーに縮こまりながら寝ているゴーシュを見つけた。


「あぁぁ。やっちゃったぁ…………」


 ミズリーが昨日のことを徐々に思い出す。

 恐らく、この場所にはゴーシュが運んでくれたのだろう。

 そういえばゴーシュにおぶってもらっていたような気がすると、ミズリーは赤面して頭を抱えた。


   ***


「ん……。おはようミズリー。……って、何で正座してるんだ?」

「ゴーシュさん、すみません! 私ってばとんだご迷惑を……」


 ゴーシュが目を覚ますと、正座したミズリーが頭を下げてきた。

 普段は透き通るように綺麗な金の髪も、今はボサボサである。


「いや、俺の方こそすまない。一緒の部屋というのは良くないと思ったんだが、実は一部屋しか取れなくて」

「あ、それは全然」

「え?」

「ああいえ、何でもないですぅ……」


 ミズリーが力ない声で答え、ゴーシュは怪訝な顔を向ける。


「ち、ちょっと私、シャワーを浴びてきますね。けっこう寝汗かいちゃったみたいなので」

「あ、ああ」


 そうして、ミズリーは逃げるように備え付けの浴室へと向かっていった。

 自分は部屋の外に出ていた方が良いだろうなと考えたゴーシュの元に、ピロンという無機質な通知音が響く。


 どうやらゴーシュに対して誰かが微精霊を介した交信魔法を使用したらしい。

 そういえばモスリフの農地を任せたロイから、朝になったら連絡すると言われていたのだったとゴーシュは思い当たる。


「ああ、ロイか」

「ようゴーシュ。ちょっと農地のことについて聞きたいんだがいいか?」


 ゴーシュが交信を承諾すると、広大な農地に立つロイの姿が映し出される。

 あちらにもゴーシュの顔が映し出されているはずだ。


 ロイはどこにどんな作物が植えてあるかや、収穫までに気をつけることなどをゴーシュに尋ね、ゴーシュはそれに応じていく。


「オッケー、あらかた分かったわ。悪いな朝早くから」

「いや、俺の方こそすまないな。急に任せたのに」

「ハハハ、良いってことよ。……ところでゴーシュ、ミズリーさんは一緒じゃないのか?」

「ああ、ミズリーなら――」


 ゴーシュが答えようとしたところ、背後にある浴室の扉が開きミズリーが現れた。


「ゴーシュさん、お待たせしました。先にお風呂いただきました」

「なっ!? ゴーシュ、お前……」


 ロイが固まる。

 ミズリーはあろうことか、タオルを巻いただけという姿だったのである。


 金の髪は艷やかに濡れ、タオルから伸びる肌色の手足が妙に艶めかしい。

 ゴーシュもその姿を見て慌てふためいたが、それは仕方のないことだっただろう。


「み、ミズリー、服はどうしたんだ?」

「たはは。着替えをうっかりベッドの上に置いてきちゃいまして」

「そ、そうか……」

「あ、ロイさんとお話していたんですね。ロイさん、おはようございます」

「……」


 そのやり取りを見たロイが何を察したかは言うまでもない。

 僅かな間の後、ロイが叫ぶ。


「ゆ、ゆうべはお楽しみだったと、そういうことかゴーシュ!」

「何を言ってるんだロイ。これはだな――」

「いやいや、みなまで言うな! ごゆっくりー!」

「あ、おい」


 そうして一方的に交信を切断されたゴーシュは、また解かなくてはならない誤解が増えたことに頭を抱えるしかなかった。


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