第10話 夜の酒場にて


「さて、ギルド設立手続きも無事済んだことですし」

「ああ。それじゃ、ギルドの発足を祝って」

「乾杯ですっ!」


 王都グラハムの酒場にて。

 ギルド設立の手続きを終えたゴーシュとミズリーは麦酒エールの入った酒器をぶつけていた。


 ゴーシュがゆっくりと坏を傾ける一方、ミズリーはまるで水でも飲むかのようにゴクゴクと喉を鳴らす。


 ゴーシュとミズリーの組み合わせは酒場の中では異質であり、辺りの男性客は二人の様子をチラチラと伺っていた。

 もっともそれは、ミズリーのような美少女が美味しそうに酒を呷るそのギャップに魅せられてなのかもしれないが。


「はぁー。やっぱりここのお酒は美味しいですね」

「……」

「どうしました、ゴーシュさん?」

「ミズリーって酒が飲める年齢なんだなぁと」

「あ、はい。ええと、一応この間十八になったので……」


 ミズリーがやや歯切れ悪く言って、酒器で口元を恥ずかしそうに隠す。

 しまった、女性に年齢を聞くなんて失礼だったかとゴーシュは反省したが、そうではなかった。


「ゴーシュさんは、その……、お酒をたくさん飲む女の子はお嫌いでしょうか?」


 酒器で口元を隠したまま、照れながら上目遣いに聞いてくるミズリー。

 その様子が配信されていたなら、熱狂的なコメントが流れていたことだろう。


 ミズリーの反則的な仕草に、隣のテーブルに座っていた男性客二人組のうち一人は固まり、一人は持っていた酒器を取り落としていた。


「嫌いだなんてとんでもない。むしろ嬉しいかな」

「嬉しい、ですか?」

「昨日まではモスリフで独り寂しく晩酌をしていたくらいだからな。飲み仲間ができたようで嬉しいよ」

「そ、そうですか。そう言っていただけると私も嬉しいです」


 ミズリーが照れ隠しに酒器を呷ると中身はすぐカラになる。

 自分より強いかもなと苦笑しながら、ゴーシュはミズリーのために二杯目を注文してやった。


「それにしても、チャラ男さんが残していったコレ。どうしましょうか?」


 ミズリーが取り出したのは昼間、ウェイスが残していったレストランのチケットだった。


 ゴーシュは決闘を終えた後、ミズリーと共に誤解を解くべく説明をした。……のだが、ウェイスはゴーシュに恐れおののき、すぐにどこかへ去って行ってしまったのだ。

 その際、ミズリーを口説き落とすためにチラつかせていた高級レストランのチケットを落として。


「ど、どうしましょうか? せっかくだしゴーシュさん、い、一緒に行きます?」

「いや、落としていったものだしな。勝手に使うのも悪いかと」

「うぐっ。それはそうかもしれませんね……」


 ミズリーはゴーシュの返答を聞いてガクリと肩を落とす。

 得のない決闘を一方的にけしかけられたのだから、迷惑料として貰ってしまっても良さそうなものだが、ゴーシュにその気はさらさらないらしい。


 純朴なゴーシュの言葉で私欲を撃ち抜かれた感じがして、ミズリーはひたいをテーブルに押し付け反省した。


 とりあえず、今度ウェイスに会ったら渡そうという話になり、その後はしばし酒を交えながら二人は談笑する。


 今後ギルドをどのように運営していくかや、こんな配信を行ったら面白いんじゃないか等々。


 ゴーシュにとって、それは楽しい時間だった。

 と同時に、配信で上を目指すきっかけを与えてくれたミズリーに感謝した。


(明日からが楽しみだな。俺も頑張ろう)


 そうしてゴーシュが7杯目、ミズリーが本日15杯めのエールを飲み干したところで、その話は唐突に切り出された。


「そういえばゴーシュさん。今日泊まる場所は私のお家で良いですよね?」

「ああ、そうだね。……ん?」

「分かりました。それじゃあそろそろお会計を――」

「ちょ、ちょっと待った!」


 酒のせいでつい相槌を打ったゴーシュは我に返った。

 立ち上がったミズリーを引き止める。


「ミズリーの家って、それはマズいだろう!?」

「大丈夫ですよぅ。親はいませんし、私は一人暮らしなので」

「余計にダメでしょ……」


 顔を手で覆い深く溜息をつくゴーシュ。


(ミズリーの中で俺は一体どんな評価になっているんだ? いや、オッサンだし、男として見られていないだけかもしれないが)


 どうやらミズリーの中では夜、自分の家にゴーシュを招くことは自然な判断らしい。


「とりあえず、俺がミズリーの家に泊まるのは良くない。うん。絶対に」

「でもギルド協会の人も、活動拠点になる物件は明日以降にならないと用意できないって言ってましたし。ゴーシュさんの泊まる場所がないですよ?」

「いや、俺は宿に泊まれば別に」

「えー。お金がもっらいないですよぅ。私のお家に行きましょうよぅ」


 いつの間にやら隣に座ったミズリーにゴーシュは腕を掴まれ揺さぶられる。

 その顔は紅潮し、呂律ろれつもまわっていない。


「……」


 なるほど、とゴーシュは腑に落ちる。どうやらミズリーは酒に酔ったせいでまともな思考ができていないらしい。


「まだまだゴーシュさんとお話したいんですよぅ。ギルドをどうしていくかとか、まだまだ話足りなくてぇ」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、今日はここまでにしよう。そういうのは明日、ギルドの拠点が決まってから」

「むぅー」

「とにかく、会計してくるからコレを飲んで待っててくれ」


 ゴーシュは座りながら船を漕いでいるミズリーに水の入った器を握らせ、自身は立ち上がる。


 そして会計を済ませ、ミズリーの座った席に戻ったところ――。


「すぅーすぅー」

「……」


 ミズリーは穏やかな寝息を立てていた。


   ***


 先に家の場所を聞いておけば良かったと思ったが、もう遅い。


 ゴーシュは眠ったままのミズリーを背負い、夜の王都を歩く。


「すいません、二部屋お願いしたいんですが」


 やっと見つけた宿屋に入り、受付に声をかける。

 が……。


「悪いねぇお客さん。今は一室しか空きが無くてねぇ。それもベッドは一つの部屋なんだよね」

「嘘でしょ……」


 受付の男性から返ってきた言葉に、ゴーシュは絶句した。


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