第9話 大剣オジサンは絡まれる


「到着、ですっ!」


 ミズリーが元気よく言いながら馬車を降りて、ゴーシュもまたそれに続く。


 馬車に乗って揺られ、ゴーシュたちは王都グラハムにやって来ていた。


「王都か……。そんなに時間は経ってないけど、懐かしいな」

「ゴーシュさんにとっては半年ぶりですもんね」


 そこかしこに露店が並び、大通りは行き来する人々によって喧騒に満ちている。


 また、所々で大道芸めいたことを行っている者もいた。

 どうやらフェアリー・チューブの配信をしているようで、動画配信が世の流行となってからは珍しくない景色だった。


「さすが王都グラハムだな。賑やかだ」

「配信をする人も大勢いますからね。あ、あそこで腕相撲配信をやってるの、昨日の同接数ランキングで53位だったズーリさんですよ。あっちの大食い大会も配信をしているみたいです。確か今回の優勝賞金は100万ゴルドーと過去最高になってるって話題でした」

「すごいなミズリーは。色々と知っていて」

「たはは……。ゴーシュさんに褒められると嬉しいですね」


 ミズリーが照れながら頬を掻く。

 逐一丁寧すぎる解説までしてくれて、「この子は本当に配信が好きなんだな」とゴーシュは感じさせられる。


「参加型の配信もあるみたいですけど出てみます? ゴーシュさんなら注目集めること間違いなしですよ?」

「いや、まずはギルド設立の申請をしに行こう。午後になると混みそうだからな」

「と、そうでした。了解ですっ!」


 ミズリーが大げさに敬礼の姿勢を取るのをどこか可愛らしく感じながら、ゴーシュはギルド設立のためにギルド協会へと向かうことにした。


   ***


「ウェイウェイウェ~イ! どうもリスナーの諸君、美少女発掘チャンネルのウェイスでーっす。今日のボクの配信は~『可愛い女のコをナンパしてみた!』でーっす」


【ウェ~イw】

【美少女期待! 美少女期待!】

【あんまり過激なのやるとまた運営に怒られるぞw】

【欲望に忠実なウェイスの兄貴、スキ】

【拙者、初見でござる。美少女が見れると聞いて参った】


【同時接続数:317】


「フッフッフ。今日はちょっとした切り札もあるからね。普段よりも上玉を狙いにいくよ」


 ゴーシュたちがギルド協会の前までやって来ると、入り口の近くに赤髪の長髪男が立っている。

 ウェイスと名乗ったその男はどうやら配信をしているようで、見た目通り軽薄そうな言葉遣いでリスナーに挨拶をしていた。


 配信の邪魔をしてはいけないなと。ゴーシュは律儀に遠回りをしようとするが、ウェイスが逆に近づいてくる。


「お、さっそく超絶カワイイ金髪美少女を発見しましたよ。それじゃあナンパ企画、スタートということで。――ちょっとそこの金髪の子猫ちゃん、いいかな」

「はい? ええと、私ですか?」


【お? おぉおおおお!?】

【なにこの子!? めっちゃ可愛くね!?】

【いきなりこんな美少女に声かけるとか、ウェイスの兄貴、パネェっす!】

【金髪碧眼、どストライクです。ありがとうございます】

【拙者、ドキドキしてきたでござる】


 ウェイスの配信にミズリーが映し出されたところ、コメント欄は興奮の坩堝るつぼと化す。


【同時接続数:4122】


 リスナーたちの熱狂に呼応するかのように、ウェイスの配信の視聴者数も増加していた。

 その数字を見たウェイスは内心ほくそ笑んで、絶対に眼の前の大魚を逃すまいと気合を入れる。


 そしてウェイスは隣に立っていたゴーシュには見向きもせず、ミズリーに向けてウインクしてみせた。


「君、すっごく可愛いねぇ。まるで人間の世界に降り立った天使か妖精のようだ。まったく、いつからこの世界は天界と交流し始めたのかな?」

「は、はぁ……」

「こんな可愛いコと出会えるなんて、きっと神様の思し召しに違いない。君、名前は何ていうんだい?」

「ミズリーですけど……」

「ボクはウェイス。ミズリーちゃんか。実に可愛らしい名前だ。フフ、フフフ」


 ウェイスは優しく微笑んだつもりだったが、ミズリーはどこか鳥肌が立つような悪寒を覚える。

 《炎天の大蛇》のギルド長アセルスと顔を合わせた時もそうだったが、ミズリーはこういう馴れ馴れしいというか、軽薄な男が嫌いなのである。


 ミズリーは顔には出さず、さり気なくウェイスから距離を取ってゴーシュにピッタリとくっつくような格好になる。

 急に身を寄せてきたミズリーと、目の前に立つナンパ男という奇妙な状況をどうしたものかと、ゴーシュは頭を悩ませた。


 そんなゴーシュをよそに、ウェイスはミズリーに対して早速切り札を使おうと心に決める。


「ところでミズリーちゃん。ここに偶然、こんなのがあるんだよね」

「これは……、レストランのチケットが2枚?」

「うん。ここはとっても夜景が綺麗な王都の高級レストランでね。あの歌姫メルビスちゃんも訪れるっていう名店なんだ。このチケットも激レアなんだよ?」

「ヘー、ソウナンデスネ」

「神様が引き合わせてくれた運命に抗うのも無粋というもの。ボクはミズリーちゃんにならこのチケットを使っても良いと思っているんだ」

「つまり?」

「ボクと一緒に食事しに行かない? いや、当然行くよね?」


 ウェイスはミズリーの胸の前に二枚のチケットを自信満々に差し出していた。


 小柄なミズリーに対してやや上から見下ろす格好で、チケットを持っていない方の手で髪を掻き上げる。

 ちなみにこれは、ウェイスにとって「女のコに声をかける時の決めポーズ&これで落ちない女のコはいない」と自負している姿勢だった。


 「フッ、決まった」と思っていたのはウェイス。

 「カッケェ!」とコメント欄に書き込んだのはウェイスの配信に毒されているリスナーたち。

 「ナンパって最近の若い子の流行りなのかな」と思ったのはゴーシュ。


 そして、当のミズリーはというと。


「すいません。全っ然、興味無いです」

「なっ――!?」


 バッサリとウェイスの申し出を切り捨てた。


【即★答】

【今この子、悩む素振りすらなかったぞw】

【ウェイスの兄貴、気を確かに!】


【金髪美少女のガードの硬さ、カンスト級だったw】

【やっぱり美少女というのはみんなガードが堅いのでござろうか……】

【初見です。ざまぁw】


 ミズリーの返しはウェイスにとっては予想外だったようで、先程までの余裕ぶった表情は完全に崩れ去っている。


「ど、どうしてなんだ、ミズリーちゃん……。滅多に入れない高級レストランなんだよ!?」

「いや、そもそも会ったばっかりの人と食事に行くなんてどうかと思いますし。ま、まあ、ゴーシュさんと二人でなら行きたいですけど」


 ミズリーが顔を赤らめながらゴーシュの方を見て、ウェイスも自然とゴーシュに視線を向ける。


「なあ君、ミズリーも困っているようだ。その辺で勘弁してやったらどうだ?」

「な、何だアンタは。そういえばさっきからミズリーちゃんの横に冴えないオッサンがいるなと思っていたが……。はっ――、まさか!」


 ウェイスはそこで何かが腑に落ちたらしく、ゴーシュに対して敵意をあらわにした。


「知ってるぞ! 最近話題になってる、中年の男性が金を払って若い女のコとデートするパパ活とか言うやつだ! じゃなきゃミズリーちゃんみたいな天使がアンタみたいなオッサンと一緒にいるなんてあり得ない!」

「いやいや、何を言って――」

「うるさい! 視聴者の諸君、悪いが企画変更するぞ! 『可愛い女のコを魔の手から救い出してみた』だ!」


【これは思わぬ展開】

【ウェイス兄貴、暴走】

【本当にパパ活だったらウケるw】


【パパ活というのは何でござるか? お金を払えば女子とお話できるって本当でござるか?】

【でも確かに、こんな美少女がオッサンと一緒にいるとか怪しいわな】

【あれ? このオッサンってあれじゃね? こないだバズってた――】


【同時接続数:4599】


 ウェイスはゴーシュをめつけると、腰に携えていた剣を抜き放つ。


「おいオッサン、ボクと勝負するんだ! 俺が勝ったらミズリーちゃんに二度と手を出さないと誓え!」

「いやいや、あなた何を言って――」

「ミズリーちゃんは離れていてくれ! 必ず君を悪者から救い出してやるからな!」


 思い切り誤解したまま、ウェイスはゴーシュに剣の切っ先を向けて叫んだ。

 ゴーシュからしてみれば完全に巻き込まれた形だが、タチの悪いことにウェイスは聞く耳を持つ様子がない。


「ミズリー、彼の言う通り離れていてくれないか。ここは俺に任せてくれ」

「ゴーシュさんがこんな無茶苦茶な決闘に応じなくても。それに私のせいっぽいですし」

「それでも、黙って見過ごすなんてできないからな。大切なミズリーのことなら尚更だ」

「へっ……!?」


 ゴーシュはその言葉を「これから一緒にギルドを立ち上げようという大切な仲間がトラブルに巻き込まれているのを見過ごせない」という意味で言ったのだが、ミズリーは違う受け取り方をしたようだ。

 ミズリーが顔を沸騰させながら傍を離れ、結果としてゴーシュとウェイスの二人が対峙する形になる。


【お? やるのか決闘】

【オッサン大丈夫かよw ウェイスの兄貴はそこら辺の冒険者より強いぞ】

【ウェイスの兄貴、やっちゃってくだせえ!】

【オッサン無謀すぎるw】

【美少女の前で恥かかせてやれよ】


「君の決闘の申し出を受けよう。但し、俺が勝ったら話を聞いてくれないか?」

「ハンッ。オッサンがこのボクに勝てると思っているのか。これでもボクはこの王都グラハムでB級の冒険者だったんだぞ!」


 言いつつ、ウェイスはゴーシュの方に駆けてきた。

 そのスピードは確かに熟練の冒険者も顔負けの速度で、普通の人間であれば何も反応できぬままに組み伏せられるところだろう。


 しかし――。


「ていっ」

「うごっ――!?」


 ゴーシュが振り下ろされた剣を掌底でいなすと、ウェイスはバランスを崩して盛大に転んだ。

 顔から地面に激突してしまい、鼻から鮮血が流れ落ちる。


【な、何だ今の動き!?】

【剣の軌道を素手で変えた?】

【今の洗練された動きは……。拙者が習得できなかった古代武術にも似たような動きがあったはずだが。まさか……】


【おい、やっぱこの人あれじゃん。大剣オジサンじゃん】

【なになに? 有名な配信者?】

【なんで大剣オジサンが王都にいるんだ?】


【同時接続数:5291】


「お、おい。君、大丈夫か?」

「く、くそっ!」


 ウェイスはすぐさま立ち上がり、心配して駆け寄ってきたゴーシュに再び剣を向けた。

 そして連続で剣を振るうが、今度もまたゴーシュを捉えることができない。


 ゴーシュは最小限の動きで攻撃を躱し、ウェイスの荒削りな剣撃を素手で優しくいなしてみせる。


 それはまるで、剣の師範が弟子に指導する光景を思わせた。


 ウェイスの剣は虚しく空を斬るばかりで、対するゴーシュには風格めいた余裕がある。

 ゴーシュの凄みは、ウェイスの配信を見ていたリスナーたちの目にも明らかになっていった。


【これ美少女見つける配信じゃなかったっけ? 何でオッサンの無双を見せつけられているんだ……】

【なあ、あの金髪の女の子、なんか端っこでドヤ顔してない?】

【ほんとだ。クッソ可愛いんだが】


【かわわわわ!】

【拙者、これはこれで満足でござる】

【お前らw】


 リスナーたちはゴーシュの動きに感嘆の声を漏らす。一部、画面の端に映るミズリーに夢中な者もいたが……。


 一方でウェイスは大きく息を切らし、足を止めていた。


「くそっ! 何で……何で当たらないんだっ!」

「もう十分だろう。そろそろ俺の話を聞いてくれないか?」

「うるさいっ! 絶対にミズリーちゃんを救ってみせるからな!」


 言葉を遮って突進してきたウェイスに、ゴーシュは仕方ないかと嘆息する。


「それじゃあ、悪いけど」

「――っ」


 横薙ぎに払われた剣の腹を足の底で踏みつけ回避――するのと同時、ウェイスの腹に軽く拳を当てた。

 それは拳を突き入れるというより、そっと添えたと表現して良いほどに柔らかいものだった。


 が――。


「ごはっ……!」


 ウェイスは自分の身を襲った衝撃に膝をつく。


 激しく吹き飛ばされたわけではない。

 しかし、ウェイスは大鎚で叩かれたような衝撃を感じ取っていた。


 《竜鎚りゅうつい》と呼ばれる、ゴーシュが会得した古代武術の攻撃手段だった。


 ウェイスは自身の腹を抱え、目の前に立つゴーシュを虚ろな瞳で見上げる。戦意を喪失しているのは明らかだ。


「ふっふん、ゴーシュさんの勝ち、ですっ!」


 ゴーシュが一つ息をつく傍らで、ミズリーが嬉しそうに手を上げて宣言した。



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