#5 幸田伶菜 年明けからの戦い

No.1 大学代表として(1)

 日時は一月四日という三が日を終えてすぐというハードスケジュールのなかで、新年早々にフィギュアスケートの試合始めが行われている。


 群馬県のアイスアリーナに到着すると久しぶりだなという気持ちになっている。

 東インカレと言われているインカレに出るための東日本予選で滑っていたから、慣れ親しんだ場所でもあるんだよね。


 インカレ、日本学生氷上競技選手権大会には各バッジテストの級で出場することになっている。


 簡単に言うとフィギュアスケートをしている大学生が全国一を目指しているし、大学の順位にもかかってくる場合もあるから各部門で滑るんだよね。

 わたしはというと日程後半の部門なので前半はほとんどが応援に参加することになっている。


 いまは五級女子のフリーが行われていて、ノービスAの演技構成が規定されている。


 ここに平川ひらかわ流美るみちゃんがエントリーしていて、本格的な練習をしていることが大きいと話しているかもしれない。


『二十五番、平川流美さん。稲生いなせ大学』

「流美~! ガンバ!」

「がんばれ!」


 服飾系大学に通っている友だちに頼んで作ってもらったという衣装はとてもきれいだ。

 ターコイズブルーから明るい緑色のグラデーションがきれいで、本人も嬉しそうに笑っているのが見える。


 流れてきたのはノービス時代に使っていたという曲で『Summer』という曲らしい。


 ダブルルッツ+ダブルループ+ダブルトウループをきれいに降りて、その次にシングルアクセル+シングルアクセルを降りた。

 きれいに楽しそうな笑みを浮かべて拍手をして、笑顔で流美にエールを送っていく。


 そこから勢いに乗って苦手と言っていたダブルサルコウを成功させているのが見えた。

 得意なジャンプも苦手だと言っていたスピンも克服していて、ノーミスで演技を終えることができたのを見てバナーを手にしていた。


「ノーミスきた!」

「本当にすごいね」


 その後に流美の得点が発表されて、上位に入ったことを見てみんながガッツポーズをしていた。



 競技が終わってからはホテルのラウンジでご飯を食べているときだった。

「あ、みんなお疲れ様~」

「ごめん、伶菜。しくじった」

「シングルアクセルでこけるとは思わなくて、とても大変だったよ」

 加藤くんと流美がそう言っているけど、年単位のブランクがあったのに自己ベストを出しているのを見てすごいと思っていた。

「二人とも出場した部門で二位に入れてるんだし、すごいことだと思うよ」

「ありがとう」


 二人とも各部門で上位入賞をしているので上位に来ていることは変わりはないと思う。

 前半戦では東海林しょうじ学館と近畿きんき学園、聖橋せいきょう学院と愛知あいち名城めいじょう、稲生などが接戦となっている。


 出場する予定のバッジテスト七・八級のエントリーはほとんどがブロック大会に出場しているような選手たちが多い。

 そして、一番花形競技になる七・八級の部がかなり増えてきているかもしれないと考えている。


 滑走順は第四グループに決まって男子ショートから始まるので頑張ろうとしているんだ。

 清華せいかちゃんと友香ゆかちゃんとは大学が違うのでライバル状態になるんだ。

 それは高校時代と同じなので変わりはない。



 今日は公式練習だけでわたしはストレッチをしているときに隣に誰かがやってきたみたいだ。


「あ~、緊張するね」

「さらちゃん」


 同じ大学で七・八級に出場する市川さらちゃんが緊張したような表情をしているのが見える。

 もう一人三年生の村上むらかみ綾芽あやめちゃんが出場しているので、がんばって上位に行こうと考えている。


「今回は清華ちゃんと友香ちゃんっていう魔王が召喚されてるからね」

「大変だよね」

「でも、上位に行けるなら行こう」

「はい」


 リンクに入ると楽しそうなことをしているのが見えているのがわかる。

 わたしは最初にリンクで足慣らしをしてからトリプルルッツ+トリプルトウループを跳んだ。


 そこから難しい入り方で跳ぶダブルアクセルも余裕をもって降りることができた。

 それを見て陽太くんがうなずいてこちらを見て、その調子で滑っていけというようなジェスチャーをしている。


「伶菜ちゃん。トリプルルッツの入りも完璧だし、次のフリップも」

「はい」

「あとはフリップのときの振付を確認してもらっていいかな? たぶんいい加減になりがちだから」

「わかった」


 指摘されたトリプルフリップを跳んでから、次にスピンとステップで軽く流すことができた。


「あの子、すごくきれいに跳ぶね」

「全日本に出てた幸田こうだ伶菜れいなちゃんだ」

「あ、稲生大学に行ってたんだ」


 そんな話をしているのが聞こえてきて少しだけ緊張してしまうけど、ワクワクして公式練習をしているのがわかる。


 三年前とは大違いだなとしみじみと思うけど、実際にまだ三年しか経っていないのかと思う。

 あのときはダブルアクセルを跳ぶことができなくて、いつの間にか跳べるようになってできることが増えていた。

 そのときにトリプルルッツを降りてからは勢いに乗って滑りやすい場所を探して歩く。


 フィギュアスケートをすることが楽しくて仕方がない。


 ワクワクして試合に出ることができている。


 こんな気持ちになったのは小学生のノービスの試合に出ていた頃に近いかもしれない。


 曲かけのときに流れてくる『マンボイタリアーノ』に乗せて、ジャンプ以外は本気でやる感じで流した。

 軽快なラテンメロディーに乗っているのが感じているときに滑っていくことが多い。

 体がついつい存在しない振付を滑ろうとしちゃうのを抑えながら滑る。


 この大会が終われば今シーズンの試合が終わることになる。

 その後に清華ちゃんのいとこの青木実鶴ちゃんが練習を始めて、曲が流れてきているのがわかる。

 公式練習のときに清華ちゃんが第二グループなので、緊張してしまうかもしれないと感じていた。


 でも、清華ちゃん自身トリプルアクセル+トリプルトウループも成功させていた。

たぶん試合で入れたいという気持ちがあるのかもしれない。


 友香ちゃんは最終滑走になっているので出番は最後になるんだよね。

 曲をかけての通し練習のときはねんざの影響は感じさせないくらいの完成度で滑っていた。



 公式練習が終わってから、間もなく男子ショートが始まろとしていた。


 大学生の応援ってみんな友だちが集まるんだけど、同じ大学で応援することがほとんどだから新鮮な感じがする。

 いままでフィギュアスケートのクラブごとのことが多かったし、これから四年間は大学で区切られていくんだなと思っている。


 インカレ男子の結果が出ていて上位三名は世界選手権にでも出るのかというレベルの点数を叩き出している。


「ちょっと待って。男子の演技ノーミスが続いてない?」

「うん。神大会になるかも」


 一位は冒頭に大技の四回転フリップを成功させてきたたちばな千裕ちひろくん。

 二位にパーフェクトな演技で会場を沸かせた島浦しまうら蒼生あおいくん。

 三位にトリプルアクセルがパンクしただけなのに高得点の神崎かざき佑李ゆうりくんだ。

 四位と五位に河野かわのかおるくんと北野きたの悠生ゆうきくんが追いかけているような形になるんだよね。


 それから意外だなと思ったのは千裕くんが一位になっているのを見て驚いてしまう。


 四大陸選手権と同様に滑ろうとしているのがわかるし、たぶん点数も国際大会で優勝も狙えそうな気がする。


 それを見てみんなが負けたくないなと雰囲気が漂ってきている。




『これより七・八級女子、ショートプログラムを開始いたします』


 拍手と共に楽しそうな音楽に乗せて滑っていく。

 会場内には大学ごとにお客さんがいたり、一般のファンの人がいたりする。


 そのアナウンスが会場内に響いているのが聞こえてきて、第一グループにいる市川さらちゃんを応援することにした。


「さらちゃん、ガンバ!」

「がんばれ」

「ファイト!」


 それからトリプルルッツ+トリプルトウループを跳んでいて、きれいに着氷させている人がいた。

 そのときに市ノ瀬いちのせ栞奈かんなちゃんは緋色のきれいな衣装を着ていて、キラキラと輝いているのが彼女に似合っている。


 同じグループにいるさらちゃんはトリプルサルコウをきれいに降りているのが見えた。


 何となくドキドキしてきているのがわかる。

 自分も稲生いなせ大学のジャージを羽織って衣装を着て、会場内で緊張感が満ちてきているのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る