No.4 届かない《伶菜》(2)

 観客席に座ったときに、楽しそうな表情をしているのが見えた。


『十六番、渡辺わたなべ優凪ゆうなさん。結城ゆうき女学院中等部』


 次はジュニアの渡辺優凪ちゃんが始まろうとしているときだったので、とてもちょうどよかったし間に合ってよかったと思う。


 ビビットカラーが基調の衣装を着て、笑顔でリンクのスタート位置の中央から手前でポーズをしている。


 流れてきたのはボーイズ・タウン・ギャングスの『君の瞳に恋してる』をメインにした編曲になっている。


 最初に跳んだのは東原でも練習していたトリプルルッツ+トリプルトウループがきれいに降りて、加点がすごいつきそうな質の高いジャンプだったんだ。


 そこからコンビネーションジャンプを前半に固めている作戦で、たぶん体力的に厳しいからずっとこの作戦になっているんだと思う。


「優凪ちゃんって小柄なのにすごいパワーあるような気がするよ」

「うん。でも、抜かされそうで怖い。もう155センチになりそうだって言ってて」

「あと一年くらいすれば梨々香ちゃんもジュニアだし、ヤバそうじゃない?」

「言わないでよぉ」


 中学一年生の長田おさだ梨々香りりかちゃんはノービスAで二連覇していて、今回はノービス優勝者の一人としてゲストスケーターにエキシビションに参加する予定なので関係者席でお母さんと一緒に来ている。


 優凪ちゃんの武器は高さのあるジャンプ、背もある程度伸びが落ち着いてきているからとても軽やかになっている。

 後半になると体力が少し無くなってきているせいか、ジャンプも得意な物しか固めていない状態になっている。


 優凪ちゃんの演技はノーミスで得点も暫定一位になって、暫定一位の彩羽いろはちゃんを越えてみんながとても大きい歓声が上がっている。


 もう次の選手がリンクで調節をしていて、もうすぐ名前が呼ばれそうだ。


『十七番、与那城よなしろカレンさん。スペランツァ横浜よこはま


 与那城カレンちゃんが滑ろうとしているのが見えて、四回転トウループを武器にしているのが特徴的な選手だ。


 流れてきた曲はオペラ『トゥーランドット』、超王道プログラムで滑ろうとしていた。

 赤に金色の飾りがついている中華風デザインの衣装で滑ってきている。


 ファンファーレが聞こえてから優雅に滑り始めているカレンちゃんは勢いに乗ったまま四回転トウループを踏み切ったときに歓声が上がっていた。


「すごい!」

「四回転トウループ降りてる」


 でも、カレンちゃんは四回転トウループ+ダブルトウループをきれいに降りていて、めちゃクチャびっくりしてしまったんだ。


「うそぉっ⁉ マジで」

「うわ、なんでコンボつけてんの?」


 余裕を持ったカレンちゃんは余裕を持ったきれいなジャンプを跳んだことで、次のジャンプにも期待がかかっている。


 スピードも紫苑しおんさんよりも勢いに乗せて滑っているように見えて、再び同じ助走で踏み切ろうとしているジャンプを跳んだ。


 単独の四回転トウループもしっかりと成功させて、みんなが大興奮の渦に巻き込まれていく会場を見て思わず背筋がゾクッとしてしまう。


 隣にいるさらちゃんも開いた口が塞がらないまま、言葉も出ないまま見つめているのがわかる。

 カレンちゃんの演技はジャンプが溶け込まれているような感じで、いつの間にかジャンプも跳んでいるし。


 丁寧にスケーティングを積み重ねているような感じがして、今年は世界選手権に行くのかもしれないと思っちゃうくらいだ。


 最後まで崩れることなくて、本人の自己ベストを大幅に更新してみんながどよめいているのがわかる。


 それを見ると自分のショートがあまり起爆剤になっていなかったんだなと若干悔しくなってしまう。


「伶菜ちゃんは四回転練習してるの?」

「してない。まだ完成度を高めていきたい」

「そうだね」


 そこから一人は挟み、これから最終グループの六分間練習がスタートしているのが見える。


 そのときにジュニアの黒木くろき美愛みあちゃんと二宮にのみや椿つばきちゃん、舘野たての美樹みきちゃんと小倉おぐら菜花なのかちゃん、一条いちじょう紫苑しおんさん、清華せいかちゃんの順番で滑走順が続くことになる。


 六分間練習をしている間、このグループのスピードがとても速くて驚いてしまう。


 そのなかでトリプルアクセルか、四回転ジャンプを持つのが半分いる。


 特に美愛ちゃんが四回転トウループ、椿ちゃんは四回転サルコウを成功させている。


 紫苑さんはトリプルアクセル+トリプルトウループをきれいに降りて、清華ちゃんも同じジャンプを成功させている。


 その後に四回転ループをきれいに跳びあがってみんなが笑顔で話しているのが見えたんだ。


「うわぁ、清華ちゃんえげつないなぁ」

「今シーズン負けなしだもんな。ミラノまで持つかな、ピーキング上手いよね」

「それじゃなくて、カザフスタンのミーリツァちゃんって知ってる?」

「あ、清華ちゃんとライバル的な子?」

「その子がインスタで四回転ループ跳んだらしいのよ。あとでリンク送っておくから」

「どんだけ進化するの? 怖」

「ミラノで金メダルを狙うなら四回転は必要なのかもしれないよね。ロシアの選手が個人資格で参加するかもしれないし、わからないけどさ……」


 そんなことを言いながら六分間練習が終わって、ジュニアの二人による滑走が始まっている。


 美愛ちゃんは四回転を転倒していたけど、トリプルアクセルの単独ジャンプを成功させている。


 そのなかでシニアの構成で滑ることに慣れてきたみたいで、難易度を下げて滑っている訳じゃないらしい。


 点数は四回転ジャンプが減点されている以外は高得点が出て、会場からも歓声と拍手が聞こえてくるのがわかる。


 まだ気にしていることはないんだけど、清華ちゃんの演技はどんな感じになるのかはわからない。


 次の椿ちゃんはトリプルアクセルと四回転トウループを着氷することはできたけど、減点されるかもしれないジャンプだった。


 他の演技には全く影響がないのはやっぱり大きな試合に出ていることで、もう緊張にも慣れているのかもしれない。



 しばらくしてから清華ちゃんの演技が始まろうとしているのが見えている。


 最終滑走をする選手への期待などが注がれている気がするんだよね。


「清華ちゃんの演技が始まるね」

「今年、四回転ループ跳ぶんでしょ?」


 深緑で長袖の衣装は冬の服装に近いデザインをしているけど、どこか貴族のお嬢様的なドレスにも見える。


 背中しか見えないけど清華ちゃんが大きく深呼吸をしてボトルの水を飲んでいる。


 いつも通りの彼女がリンクの中央へと滑っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る