#4 決戦はクリスマス

No.1 全日本直前(1)《伶菜》

 全日本の前日に東京駅から新幹線で長野駅まで向かう。

 それは東原ひがしはらFSCフィギュアスケートクラブのメンバーで固まっていくので、まるで修学旅行みたいに席を取ってとても楽しかった。


「緊張しない?」

「うん。緊張してきてる」


 駅を降りてからホテルにチェックインをすると、いよいよやってきたなと思う。

 長野にあるビッグハットが今年の全日本の会場で使われるんだ。


 今年の部屋割りは大学一年生トリオで固められて、ツインベッドとソファベッドを使うことになっている。

 じゃんけんの結果でわたしがソファベッドになったんだけど、十分に手足が伸ばせるので結果オーライ。


 今日は夕方に公式練習、夜に滑走順抽選だ。

 女子は公式練習を終えてフォーマルなスーツや制服を着ているのが見える。


「あ、清華せいかちゃんはパンツスタイルにしたの?」

「うん。スカートより、パンツスタイルの方がかっこよくて」


 清華ちゃんは大学の入学式に着たらしいパンツスーツに大きめのリボンタイのついたシャツだ。

 メイクもいつもより華やかな感じで滑っているのが見えたりしている。

 前髪ごとひっつめたハーフアップにして銀色の髪飾りをつけているのを見ると、とても今度十九歳の誕生日を迎える子には見えない。


「ほんとに大人に見えるよね」

「よく言われるよ。スーツを着てると、就活生って言われるから」

「なんとなくわかる」


 そんなことを言いながら会場へと向かうことにして、新しいことをしているのが話しているかと思う。

 わたしは紺色のジャケットとスカートに第一ボタンがないワイシャツを合わせている。

 友香ゆかちゃんは黒のリクルートスーツに白いシャツを合わせているんだ。


「似合うね。このスーツ」

「ありがとう。とても安かったよ。割引で」

「うん。普段じゃ買えないやつとかね」


 滑走順抽選はとあるホテルのバンケットルームで、ステージに連盟の偉い人が来ている。

 じゅうたんが敷かれているところに椅子が並べられている。主にシニア選手と全日本ジュニアで優秀な成績を収めた選手のみが集められている。


 ココに来るには選ばれし人たちということを意味しているんだけど、それがとてもうれしいと思う。


伶菜れいなちゃん! 久しぶり」

「あ、涼香りょうかちゃん」


 百瀬ももせ涼香ちゃんはわたしと同じタイミングでシニアデビューした子で、東日本選手権で三位になった子だ。

 今年のプログラムは神がかっているので見てほしいとのことだ。


「伶菜ちゃんってプログラムが変更したんだね」

「うん。国体予選で変えたんだよ。あの時に変更してよかったと思ってる」


 実は今シーズンのフリーで使っている『ビートルズメドレー』で使っている曲を変更したんだ。

 最初は『Love Me Do』、『All My Loving』、『Let It Be』だったんだけど、これですでに編曲が終わったんだ。


「あれが一番しっくりきたんだ。とても楽しいし」

「確かにね。あの衣装もかわいいしね」

「うん」


 衣装もこだわっているので今回は一度も着ていない予備を着ようと準備している。

 そのときに男子の方で歓声が上がっているのが見える。


「ペアは三組だよね」

「うん。そうだね、文花あやかちゃんとしゅんさん、美浪みなみちゃんと翔也しょうやくん。ジュニアの子たちは世界ジュニアに集中するって」


 今年からペアがもう二組増えて文花ちゃんたちにとってのライバルだと思っている。

 それとアイスダンスも二グループになったのでかなりすごい。


「そろそろカップル競技の強化がすごそうだよね」

「うん。団体戦でメダルをもらえる力があるんだよ」


 そして、男子の方に目を向けると佑李くんが蒼生くんたちと話しているのが見えた。

 みんなが笑顔で話しているけれど、そのなかで千裕くんのことを見つけると何とも言えない気持ちになる。


「公式練習の噂聞いた? 伶菜ちゃん」

「え、何?」

聖橋せいきょう学院の天野あまの乃蒼のあくんって子いるじゃない? 全日本ジュニアで優勝した子」

「いるね。どうしたの?」

「その子、全日本ジュニアで四回転二種、三本降りたらしいの」

「そうなんだ。すごそう」


 そんなことを話しながら友香ちゃんと清華ちゃんの後ろに座って滑走順抽選がスタートした。

 今年の選手宣誓は同じ稲生大学の北野きたの悠生ゆうきくんが行って、カップル競技の滑走順抽選が終わってからすぐにシングルの抽選が始まった。

 最初に男子シングルから前半に呼ばれた選手たちがくじ引きで行っている。


河野こうのかおるさん、一番」


 その言葉を聞いて拍手が聞こえてきて、それと同時に歓声も聞こえてくる。

 これは毎年恒例な光景なので次々とくじ引きが行われて後半戦へ行く。

 そのときにラスボスという最終滑走が葉山千輝くんに決まっていたんだ。

 次に最終グループに佑李くんと蒼生くん、千裕くんも参加していた。


「続きまして女子シングルの抽選を行います」


 わたしは後半に振り分けられていて、ドキドキしながら滑走順を見ている。


二宮にのみや椿つばきさん、一番」

「うそ。椿ちゃんが一番か~」

「ヤバいんじゃない?」

「ね」


 ざわめきが起きながら抽選が続いているんだけど、後半のグループを見てからはすぐに見たりしている。

 わたしが引いたのは二十三番、最終グループの一つ前になる。


 その後に化粧品メーカーの紙袋をもらい、それから会場の外に出てからは先生たちと一緒に歩いていく。

 それから全ての滑走順が決まって友香ちゃんと清華ちゃんは最終グループ。


「あ、緊張するなぁ」

彩羽いろはちゃんはどうだった?」

「うちは六番目だった。緊張するけど、椿ちゃんの後っていうのはつらい」

「それを言うなら、うちもだよ~。穂澄ほずみちゃんの後は」


 そう言いながらセーラー服の優凪ゆうなちゃんがむっとした表情でこちらを見ている。

 ジュニアの二人はとても一番目に滑る椿ちゃんについて、かなり警戒しているのが見えている。

 ジュニア勢のなかで四回転を跳ぶ椿ちゃんと黒木くろき美愛みあちゃんはかなり警戒されていて、上位になることを見越しているのかもしれない。

 今年の全日本は誰もが優勝してもおかしくないかもしれない。


「それじゃ、明日は公式練習だから普通にペアと男子を応援しに行こうかな」

「良いね。それ」

「うん」


 そんなことを話しながらホテルへと戻っていった。


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