No.3 決断(2)


 グランプリファイナル欠場を報道してからは全日本に向けてトレーニングを始めた。

 メディカルトレーナーの先生と一緒に体のメンテナンスとかもしたりして、万全な体と調子をピークに持っていくことにした。


 そのなかで補欠最上位にいたアメリカ代表のレイラ・スカーレット選手の繰り上げ出場が発表されている。

 わたしはファイナル進出組で行う貸切練習には出ずにクラブの練習のみに行うことにして、氷上練習の時間が減った以外は本当にいつも通り過ごしている。


「あ、友香ゆかちゃん。ケガ大丈夫?」

彩羽いろはちゃん、ありがとうね。グランプリファイナルがんばってね」

「ありがとう。全日本ジュニアが四位だったから頑張るよ」

「そうだね」


 先月行われた全日本ジュニアでは女子では二宮にのみや椿つばきちゃんが二連覇、二位に黒木くろき美愛みあちゃん、三位に渡辺わたなべ優凪ゆうなちゃんが入っている。話しかけてくれた和田わだ彩羽ちゃんは四位、同じクラブの加藤かとう千歳ちとせちゃんが九位。

 七位までの選手が推薦でシニアの全日本へ選手権へ推薦出場になった。


「千歳ちゃんも負けないみたいだよ。全中にかけてるみたいだし」


 そのなかで千歳ちゃんはとても悔しそうな顔をして戻ってきたのを思い出していた。

 でも、まだ中学生なのでこれからコツコツと頑張ることが良いのかもしれない。


 全日本ジュニアの後は少しだけ落ち込んでいたけれど、次の全中に向けて切り替えているのがわかった。

 長田おさだ梨々香りりかちゃんは今年も全日本ノービスAで優勝し、二連覇して推薦出場した全日本ジュニアでは八位になった。


 今シーズンは成長痛と戦っていたのに自分なりに終わらせることができたみたいだった。

 ジュニアでグランプリファイナルへ行くのは彩羽ちゃんと優凪ちゃんが行くことになっているんだよね。


「優凪ちゃんたち応援してるよ」

「友香ちゃんありがとう。行ってきます」


 そのようなことを決めてからはすぐに家に帰ることにしたんだ。


 スマホを見ると見慣れたアイコンがメッセージを送られてきていたのに気が付いた。

 それは韓国の男子スケーター、キム・イェジュン、北京で行われるグランプリファイナルへ進出しているファイナリストだ。


 三月の世界選手権の後に告白されてから返事できていなかったんだ。


『ユカ、大丈夫? 欠場することを聞いて驚いてる』

『ありがとう。イェジュン』

『無理しないで良い』


 それを見て当たり障りのないスタンプで会話を終わらせた。

 それから家に帰ろうとしたときだった。


「あれ、友香ちゃんじゃない?」

「え、あ、和樹かずきくん?」


 そこにいた人をみて胸が高鳴るのを感じた。

 初恋の人物がいたからだったんだ。

 目の前にいたのは西倉にしくら和樹くん、佑李くんより一つ年上の大学四年生でアイスダンスをしている。


「和樹くん。なんで戻ってきたの? 関西で練習してるっての聞いたのに」

「今日は七海たちと母さんに会いに来たんだ。全日本のときはあまり休めないから」

 そう言って和樹くんは懐かしそうにこっちを見ていたんだ。

「和樹! 久しぶりだね」

「あ、母さん。今年は早めに戻ったよ」


 ジュニアまではクローバー小平こだいらFSCフィギュアスケートクラブに所属していたんだけど、パートナーを見つけてからは大阪で練習をしているんだ。

 アイスダンスで強い選手を輩出していた大阪おおさか学園で切磋琢磨しているんだけど、ちょうど高校卒業したときにパートナーが関西に拠点があるからそっちに行ったみたい。


「和樹くん、久々に来たんだ」

 東原ひがしはらFSCの練習日だったこともあって、懐かしい知り合いに会ってとても嬉しそうにしている。

「それじゃあ、またね。友香ちゃん」


 和樹くんと久しぶりに会って、やっぱりあきらめることができないんだという気持ちになってしまう。


 何となくイェジュンに抱く気持ちも少し違うということがわかってきていた。


 わたしは彼を友人として仲良くしたい。

 告白されたときの違和感はそれかもしれない。


 仲のいい友人でお互いのことを信頼できる人がイェジュンだと答えが出た気がする。



 部屋に戻ってから彼にLINEでメッセージを送ることにした。

 何度か打ち込んでは消してを繰り返しているときにイェジュンからいきなり電話がかかってきて驚いてしまった。


「え、わっ。うそ……もしもし?」

『ユカ、いま電話ってできるの?』

「できるよ。というかそっち夕方でしょ、練習は大丈夫なの」

『うん。これから練習するんだけどね』

「そうなんだ。あのさ、三月に話した返事なんだけど」

 それを聞いて彼も少しだけ声色が変わっているのに気が付いた。

『うん』

「わたしはイェジュンのこと、友だちとして接したいと思うんだ」

『ありがとう。ユカ、返事を聞かせてくれて』

「うん。グランプリファイナルがんばってね」


 そう言って通話を切って大きく深呼吸をしてスマホをローテーブルに置いてテレビをつけた。

 アニメを見すぎてしまい、中学の卒業祝いにテレビとレコーダーを買ってもらったんだよね。

 本当に迷惑かけてたんだなと思う。

 何本かアニメを見て夕飯を食べることにしたんだ。


「友香、ご飯よ」

「はい。わかったよ、母さん」


 韓国語で話しているのは母さんとが多くて、ときどきお兄とも電話でのやり取りをしたりしていることがある。

 母さんは日本と韓国のハーフで生まれ育ちもソウルだから、韓国語の方がしゃべりやすいって話していた。


 今日はお兄が放送局からの帰りでKPOPアイドルグループが所属する事務所の専属通訳として再就職をしたんだ。

 韓国での仕事も多いけれどソウルで起きた事故をきっかけにやりたいことをすると決めたみたい。


「お兄、おかえり」

「久しぶり、ケガして試合出ないって聞いたけど」

「うん。安静にして全日本に集中しないとね」

「ケガはひどくなる時があるからね」


 ご飯を食べるときにお兄と話すことは珍しいので、ついつい話し込んでしまった。

 テレビではグランプリファイナルのCMが流れていて、レイラ・スカーレットちゃんの写真が入っている。

 それとジュニアでアメリカ代表の岡田おかだ加穂留かおるくんも期待の若手となっている。


「この子、アメリカ出身の子?」

「じゃないかな、文花あやかちゃんみたいな子」

 わたしは欠場したその大会をテレビで見ることにした。

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