No.2 飛躍(1)
グランプリファイナルへの戦いが続いていよいよ最終戦だ。
フィンランドで行われたエスポー
トリプルアクセルからのコンビネーションを確実に点数を取れるような構成にしているのがわかる。
その次に韓国のイ・アリンちゃんが続いている。
「うわ~~~……ヤバいなぁ」
「でしょ? またミーリツァちゃんと戦いたくないなぁ」
「わかるけど、仕方ないよ。今季でもあと数回あるから」
NHK杯へエントリーされていたはずの
それと若手のペアである
入れ替わるように日本からは小倉菜花ちゃんがエントリーされていたのを見たばかりだ。
「
「はい」
大学の授業はできるだけ出てから空いている時間で練習をするという形にしている。
いまの時刻は間もなく日付が変わろうとしているのが見えて、周りには人が全くいない状態で行われている。
ただ氷が削られる音と、機械音だけが響いているのがわかる。
滑って確認しているのはフリーの『ジゼル』で予定しているジャンプ構成の変更などの調整が行われている。
重慶であった中国杯で叩き出したのは今シーズンの自己ベストだった。
「友香ちゃん。中国杯で出した得点は良い感じだから、後半にあのコンボで行こうと思ってる。ルッツの転倒があったのに、150点はすごいなと思ってね」
「本当に滑ることができたのは恐ろしい構成ですけどね」
「確かにね」
後半にどさくさに紛れてコンビネーションを変更した影響で、点数のインフレが出たかもしれないと言われている。
「普通に150点台は数少ない選手しか出ないからね」
「そうですね」
清華ちゃんが余裕で150点を超えてくるので感覚がバグっている気がする。
これからNHK杯に現地入りするのは明日の夕方で滑走順も確定しているはずだ。
NHK杯の舞台は大阪、何度か全日本で使われているアリーナで行われる。
「あ、友香ちゃん!」
「久しぶりだね。
「うん。めちゃくちゃ元気よ?」
「負けんからね」
「うん」
滑走順はすでに決められており、日本選手は前半最後に菜花ちゃんが出る。
後半の三番目にわたし、最終滑走が
そのときに久しぶりに会う海外選手がいたんだよね。
「ユカ! 久しぶりだね」
「マリアちゃん!」
イタリアのマリア・ロッシちゃん、三年後のミラノ・コルティナオリンピック代表の一人になるであろう選手だ。
隣にはベルギーのジャージを着た子がぺこりとお辞儀しているのが見えた。
「この子は?」
「ベルギーの子でベラ・ヤンセンスっていうの。この子もアニメが好きで、初めての日本にワクワクしてたって」
「はじめまして、ベラです」
「ベラ。よろしくね、ユカです」
同じように英語で話してからは最近のアニメを知りたいみたいで、大阪のアニメイトを案内しようと思った。
「それじゃあ、エキシビションの日に行こう」
「いいね。行こう!」
「うん」
そのなかでベラちゃんはシニアデビューしたばかりの十七歳でベルギーではトップスケーターと聞いている。
公式練習でもユーロの選手だなと思う雰囲気が漂うプログラムだった。
清華ちゃんが活躍したシーズンの勢いに似ていて、おそらくまださなぎの中にいる子だ。
いつ羽化してもおかしくないみたいだった。
わたしは公式練習でも絶好調で余裕をもって降りることができて、ホッとできる気がしていた。
客席には応援している選手の横断幕が設置され始めているのが見えて、わたしのものもいくつか見えて今シーズンの衣装のイラストが描かれている。
めちゃくちゃ上手いイラストを見ると、誰なんだろうと考えてしまう。
そう言うのを見ると、とてもテンションが上がってしまうのが自分自身でもある。
「友香ちゃん。足は痛まない?」
「はい。大丈夫です」
「ルッツの跳び方も修正されているし、この調子で頑張ろう」
「はい!」
その間も紫苑さんがトリプルアクセルなどの高難度ジャンプを確かめている。
妹の
本当になんで引退して、姿を消したのかがわからない。
ケガ、スケートをする情熱が燃え尽きたと言っていた。
インスタにはつい先日、カナダでの短期留学を終えたとSNSで報告をしていた。
でも、写真は逆光で本人だということがよく見ればわかると思うくらいだ。
「咲良ちゃん、元気にしてるかな」
そうつぶやいたところだった。
紫苑さんの振付を見て、何となく咲良ちゃんが滑っていたプログラムに似ていることに気が付いた。
シニアに入ってからはエキシビションのときはセルフで滑っていたはずだから、だいたい癖とかは知っている人にしかわからないけれど。
あの振付は咲良ちゃんがやってるんじゃないかって思ってしまう。
公式練習が終わってから聞いてみたときだった。
「紫苑さん『SAKUYA』って人って」
「まだいないね。YouTubeでシルエットで踊ったりしてておもしろいよ」
「え、そうなんですか?」
「うん」
その人が上げている動画には薄暗いダンススタジオで人影が浮かび上がってくると、すぐにゴリゴリの洋楽HIP HOPで踊っているのがわかる。
踊り方は男性的な力強い振付のなかに、しなやかな動きがあるのが癖になるなと思う。
でも、覆面ダンサーってのがすごい良いなと思うんだろうね。
「すごいかっこいい!」
「でしょ? とてもかっこよくて、直接コンタクトを取ってお願いしたんだ」
「すごいですね。直接って」
「うん。先生にも許可を取っていたからね」
その人が紫苑さんが振付を担当したことによって有名になっているようだった。
SAKUYAという人物は大学一年生で十九歳、性別、本名などが不詳のミステリアスだ。
じわじわと有名になる人かもしれないけど、会ってみたいなという気持ちになってしまう。
「あ、もう時間だね」
「うん。菜花ちゃんが待ってるかもね」
わたしは振付師の正体の疑問を忘れるくらいにショートプログラムへ気持ちを向けていた。
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