No.1 人生三度目の中国(2)

 翌日の早朝にあった公式練習でトリプルルッツなどを確認している。


 やっぱり少しだけ緊張感があるなと感じている。


 同じグループで紫苑しおんさんがやはり豪快なジャンプを決めている。

 続いて清華せいかちゃんが公式練習のときは必ず跳ぶ四回転ループをきれいに降りれている。

 練習での成功率は九割弱じゃないかなと聞いていたけれど、今日もときどきパンクと転倒をしたりしている。


友香ゆかちゃん、今日からだね」

「紫苑さん」

「この前のスケカナでさ、ミーリツァがトリプルアクセル+オイラー+トリプルサルコウを跳ぶなんてね。咲良がよく跳んでから、とてもびっくりしたなって思った」


 ショートプログラムは夜にあるのでこの公式練習がその最終調整になるんだ。


 ねんざした右足首の方は痛みもなく、きちんと体重を掛けることができるようになっている。


 正直中国杯で表彰台に登れるかはわからないと思っている。

 紫苑さんと清華ちゃんは三回転半以上を跳ぶことは確実で、自分にはそんなものはない。

 他にジャンプではなくて表現力が高い選手がエントリーされていたりするから、かなり大混戦が予想されているんだ。


 ジャンプは苦手で安全な作戦で挑みたいと思ってしまうところだ。


「友香ちゃん。ジャンプのことだけど」

「はい」

「いつも通りに行おう。友香ちゃんのコンディションもいいし」

「わかりました」


 女子シングルのショートプログラムがスタートし、第一グループは間もなく終わろうとしている。

 アメリカ代表のメグちゃんこと市谷いちやめぐみちゃんが演技を終え、得点が出てから次のグループの練習がスタートすることになるんだ。


 リンクサイドには各国の代表ジャージを着た選手たちが無言で柔軟をしたりしている。

 この時期になると誰かしらグランプリシリーズは二戦目の場合が多いから、清華ちゃんがその場合だったんだよね。


 第二グループがスタートするアナウンスが聞こえてきた。

 もうそんな時間になったんだなという気持ちになって滑っていく。


 六分間練習がスタートする前に選手の紹介が行われて、お辞儀をしてから滑っていく。

 最初にダブルアクセルを跳ぶために助走をつけていく。


 紫苑さんは黒でも光沢感のある衣装であちこちに金色の刺繍が施されている。

 清華ちゃんは濃いブルーのグラデーションがきれいなノースリーブワンピース、首元にパールのネックレスみたいなビーズ、金色のストーンもついている。


 わたしの衣装は全体的に白いんだけど袖とスカートの裾がダークグレーのグラデーションがかかって、透明なラインストーンとかが多めだ。

 初めて髪留めではなく、氷と雪の結晶みたいな形のカチューシャだ。


「友香ちゃん、最初にアクセル、コンビネーションの確認をしてほしい」

「はい」


 最初にトリプルルッツ+トリプルトウループを確認してから、ダブルアクセルを跳ぶ。


 歓声が聞こえてくるのは韓国のパク・ジヨンちゃんがトリプルアクセルにチャレンジしてきているからかもしれない。


 残り一分のアナウンスが聞こえてきたときに、大きな拍手が聞こえるけど気にしない。


 わたしは大きく深呼吸をしてから、次の出番までリンクを後にした。



 六分間練習の直後には紫苑さんが一番滑走でトリプルアクセルなどを成功させて、かつ会場のボルテージも最高潮になっている。


 現在二位と十点差という高い壁を作ってトップにいて、超えるにはノーミスで自己ベスト以上を更新しないといけない。

 わたしは最後から二番目なので時間を待つことにしたんだよね。


 大西先生と通路裏に待っているときにはとても楽しそうな演技をしているのがわかったんだよね。

 イヤホンをつけて短距離でジョギングをしたり、体を冷やさないように時間を待ったりしている。


「友香ちゃん。清華ちゃんが滑り出したから、靴履いて」

「はい」


 イヤホンが外れて、会場内の雰囲気がわかってきた。

 ジャズの大人っぽさとオーケストラの華やかさになってきて、最後の大歓声が聞こえてくるのがわかる。


 ノーミスなのは目に見えていたし、紫苑さんと僅差で二位になっていたのを電光掲示板で見た。

 その後に韓国のパク・ジヨンちゃんが三位になっているのが見えて、わたしが最後に滑ることになっている。



 リンクに入ってから緊張してしまう。


「うわ……苦手なやつだ」


 思わずぽつりとつぶやいてしまうくらいに、何となく嫌な予感がしてしまう。

 この感覚はあまり好きではない、一番目に滑ることの次に嫌な気持ちになる。


 ノーミスが続いていることの期待が強く感じられるのがとても怖くなってしまう。

 変な雰囲気がこの会場内を支配しているのが感じる。


 アナウンスがされてから大西先生がグータッチをしてくれて、笑顔でうなずいている。

 先生がこのサインを出すときは、不安を解いてくれているということを知っている。


「大丈夫だよ」

「はい。行ってきます」


 リンクの一番中央に立ってポーズをしてから曲が流れてくるのを待つ。


 流れてきたのはバイオリンの刻む音、バックスケーティングで最初のジャンプまでの助走を始めた。

 振付の難しさはシーズンごとに上がってきていて、今シーズンも苦戦したりしていることが大きかったんだ。


 冬の厳しい寒さと風をイメージしたような振付とスピードに乗ってからのツイズル。

 メロディーが入ってくると、ダブルアクセルを跳んで、きれいに足を上げてコンビネーションジャンプも成功した。


 勢いはあえて落とさずにステップシークエンスがスタートした。

 イメージしたのは北京ペキンオリンピックのときに感じた中国の寒さが一番記憶に新しい。


 冬の大地にいる妖精みたいなイメージで軽やかなバレエジャンプをしていく。


 何度も繰り返して叩き込んだ振付も馴染んできて、自分の色を出すことができているような気がする。


 体を大きく使えることも、難しいステップを左右どちらも行えることがレベルの高さに繋がる。

 最後の最後まで気を抜かずに次のスピンへのきっかけになるステップを踏んでからイーグルで滑る。


 左右の足がそれぞれ軸足になるスピンは片膝をついて終わってから、最後のジャンプに向けて滑り出した。


 トリプルフリップ、残りの技も終わらせることができて会場の歓声が聞こえてきた。

 わたしはそれを聞いてなんとなくホッとできて、お辞儀を観客席に向けて深々としてリンクを出る。


「点数が出るの、早いね」

「あ、意外と出てる」


 得点は暫定73.15と暫定三位に収まることができた。

 フリーは清華ちゃんの前に滑走順が自動的に決まった。

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