No.2 追われる立場(1)

 東海林しょうじ学館大学は後期の授業が始まって、一年生は共通教養科目をメインに履修を固めている。


 特に心理学系を勉強しているからか、心理学とつく科目は必修となっていた。


 それ以外は同じスケート部の子たちと科目をできるだけ同じものを取るようになっている。

 同じ学部なのでできるだけ学部共通のものは取れたりするんだよね。


「あ、清華せいかちゃん。おはよう」

「おはよう、今日も一緒の授業あるよね」


 西畑にしはた彩瑛さえちゃんは大阪から来ていて、今シーズンからシニアデビューした子だ。

 いまは一人暮らしをしながら練習をしているという。


 あともう一人同じクラブの友香ゆかちゃんはネーベルホルン杯という試合に出ているから、会えるのは来週の授業からかもしれないと思う。


「週末に試合があるのはありがたいよね~。うち、月曜から金曜までみっちりだから」

「それな。東日本で免除になるから、がんばらないとな」

「うん」


 東京選手権、東京ブロックともいわれる大会は全日本への最初の難関として目標にする選手が多いと思う。


 彩瑛ちゃん次のグランプリシリーズのアメリカ大会とフランス大会に出場予定だ。

 わたしはと言うとカナダ大会と中国大会にエントリーされているのと、シード選手なので東京ブロックだけに出場する。


 彩瑛ちゃんと共に学食を食べてから次の美術史を受けようとしている。


「あ、友香ちゃんって。韓国語上級どうだったのかな?」

「楽勝だったらしいよ。あのなかでトップクラスだって聞いたよ」

「すごいよね。友香ちゃんの韓国語……」


 夏合宿が終わって一か月くらい経ってから成績が出て、東海林学館大学の学生で進級はできそうな単位数を取ることができている。


「清華ちゃんはどうだった?」

「SとA、BとたまにCがあるくらい」

「ぼちぼちだな、うちも。同じくらいだと思う」


 彩瑛ちゃんはぼちぼちだと話してくれたけど、かなりの努力家だと思う。

 進級するのには決められた単位数があるらしく、学科の先生には問題ないということを言われている。


「それでさ、明日のジュニアフリー応援に行こうよ」

「良いの? うち、大阪の子しか知らんよ。大丈夫?」

「大丈夫。ジュニアの彩羽いろはちゃんと乃々花ののかちゃん、優凪ゆうなちゃんたちが出てるから」

「ああ、全日本ジュニアに来た子か。それならわかるし、早く行きたいなぁ」


 それから公式練習が終わってから、ジュニアのフリーを応援しようということになった。



 午後十時になって、わたしは東原スケートセンターのロビーで待っていた。

 今日はシニア女子の公式練習もないので、授業を受けてから東原で貸切練習をした。


 クラブの練習日ではなかったので、かなり遅い時間帯からのスタートになっている。

 七級を持っている大学生はほとんどが東京選手権にエントリーしているので、本番同様に練習を行うことになっている。


 公式練習は本当に確かめるだけということになるみたいだし、ここで最終調整していくことになる。

 黒い練習着を着てヨガマットでストレッチをして、部員たちが集合するのを待っていた。


「清華ちゃん、四回転ループって、成功してるの?」

「ロンバルディアから練習してないよ。何となく今シーズンは封印予定かも」

「ケガには気を付けないと。骨折してから元のレベルに戻すまで二年半ぐらいかかってるから」

「そうだね」


 わたしの場合、右足で踏み切るループジャンプを良く跳ぶ。

 それも着氷してから跳びあがるセカンドループも跳ぶから、余計に負荷がかかった状態が一、二年は続いているのかもしれない。


 最近は整体にも通っているけれど、右半身に重心がかかりすぎていたことが判明した。

 それを治してもらっている間、なかなか四回転ループだけが上手く跳べないんだ。

 ジャンプの跳び方を見直した方が良いのかもしれないと感じて、高難度のジャンプである四回転ループを一時的に封印することにした。


 基礎的なところから考えているけれど、それを体が覚えてくれるのに時間がかかりそうだ。


「それじゃあ、練習を始めます」

「よろしくお願いします」


 東海林学館大学のスケート部には経験者で七級保持者が男女で五人、六級が七人、五級と四級が六人いる。

 その他に初心者からスタートして、無級、バッジテストで初級から三級を持っている子もいる。

 二十五人くらいの部活なので結構規模は大きめなのかも。

 そのなかで練習に来ているのもほとんどで一時間半の間にすぐに滑ることができるかもしれない。

 コーチの陽太ようたくんからのアドバイスをまとめたメモにはプログラムのつなぎの確認、トリプルアクセルのみの構成にした場合のフリーの確認がお願いされたことだ。


「それじゃあ、このメモの通りにやろう」


 スマホをリンクサイドに置いてからステップ、スピンの練習を行ってからはジャンプをシングルジャンプ、一回転だけで調整していこうということになっていた。


 実はアレンさんが試合を見ていてプログラムの構成を一部修正してもらったんだ。

 それはステップシークエンスとコレオシークエンスというジャンプ以外の技を前半と後半のつなぎにしてもらった。


 それがかなり楽になって、アレンさんも納得の出来になったと言ってくれている。


「それじゃあ、星宮ほしみやさん、ジャンプ軸を意識して見て」

「はい。わかりました」

 そのなかで初級に合格したばかりの同級生がジャンプの練習をしているのが見えた。

「あ、星宮さん」

陣川じんかわさん」


 陣川さんは大学から入学してスケートをスタートさせた子で、もともとやりたいと話していたらしい。


「シングルサルコウの跳び方ってあってるかな?」

「スマホで撮ってみる?」

「わかった」


 最初に陣川さんがサルコウの入り方にチャレンジして、きれいな踏み切り方をしているように見えた。

「良い感じ! こんな感じだよ」

 スマホで撮影していた動画を見てから考えているんだよね。

「うん、そうだよね。ありがとう」


 陣川さんが再びスケーティングを滑ってから、スピンの練習しているのが見える。

 そのときに神崎かんざき佑李ゆうりくんが四回転ルッツを軽やかに跳んでいるのが見えたんだ。


 滑っているのはショートの方だったけれど、かなり楽しそうなことをしているみたいだ。

 次に彩瑛ちゃんがトリプルアクセルを念入りに練習しているのが見えたんだ。

 大阪で練習をしていたけれど上京してから成功させたみたいだ。


「彩瑛ちゃんも今シーズンは上位に行きそう」


 そんな気持ちになるけれど、わたしは追われる立場になりそうだと思っている。

 練習の間はトリプルアクセル+ダブルトウループのコンビネーションなどを念入りに練習していた。


 それとトリプルルッツ+トリプルループをきれいに跳べるようになった。

 後半の一番大きな得点源になるトリプルフリップ+トリプルループ+トリプルトウループをきれいに成功できる。

 最後にスケーティングのみで滑っていくことをしてから、練習が終わってしまったんだよね。


 練習が終わってから東京選手権の日に着て行くジャージが配られていた。

 紺色がベースになっていて胸に大学のエンブレムと学校名が入っている。

 わたしはこれから試合で着るようになるんだろうと思っている。


「また明日ね」

「バイバイ!」


 明日も頑張ろうと思っていた。

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