No.2 シニアデビュー(2)
息を切らしているけど汗がダラダラと流れてくるのをタオルで拭いて邪魔にならないところで待つことにした。
「お疲れ様。コンビネーションジャンプがむずかったね」
「うん、レベルを求めすぎたかも」
「振付の改良をしてみよう。このままじゃ、大変かもしれないから」
「うん」
お互いに反省点を洗い出しているところで次の大会に向けてのステップアップになると思っている。
リンクの脇で得点が出るのを待っていると、アナウンスが聞こえてきた。
『
シーンとしたなかで聞こえてきたけど、わたしはドキドキとしているまま次の演技がスタートしている。
「よし、良いね」
「でも……この後が怖いんだよなぁ」
「あとは気にすんなって」
関係者席みたいな場所もないので会場の隅っこでリンクが見やすい場所に移動した。
衣装から着替えてジャージの状態になってから他の選手の演技を見ることにした。
『
「もう第一グループ、終わる?」
「うん。次が
「へぇえ」
それを見てから最終滑走の紫苑さんの演技を見ることにしたんだ。
曲はゴリゴリのロックナンバーに乗せて笑顔で滑ってきていて、ダブルアクセルを豪快に決めてからは余裕のあるジャンプで加点がついている。
「ヤバっ、この歓声」
体に響くような歓声が聞こえてきたのが背筋にヒヤッと感じるものがあったんだ。
大歓声のなかで勢いに乗った紫苑さんは余裕をしているみたいだなと考えている。
そこから難しいステップからのトリプルルッツも、すごく余裕があるなと感じてしまうくらいですごかった。
でも、振付がいつもと違うのか新鮮な一面が引き出されているような気がしている。
ジャズダンスのような振付が多いけれど、時折他のダンスの種類も織り込まれているのがわかった。
かなり踊りこんでないといけないプログラムだなと自分では考えていた。
技術を見ていたいのに魅入ってしまうかもしれないけれど、子どもの頃にはとても楽しそうなことをしているかもしれない。
わたしはそれを見て思わず拍手をして歓声が上がっている方を向いてしまう。
「すごい」
「紫苑ちゃん、ヤバいね」
「今シーズンは勝つんじゃない?」
プログラムの完成度が高いままのノーミスで会場は拍手と歓声が起きているのが見える。
点数は「70.48」でかなり高い点数が出て会場内はどよめきが起きていたんだ。
全然レベルが違う、そんなことを考えていたりしていたのに余裕で勝てるとは思っていなかった。
「紫苑さん、今シーズンは気合が入ってるの?」
「あ~。たぶん、影響じゃない」
妹の
咲良ちゃんが世界選手権で初めて優勝して、ミラノ・コルティナオリンピックへの期待もあったくらいだ。
でも、引退したときにはファンの人たちは悲しみと寂しさ、新しい道へと進む応援の気持ちが入り乱れているような気がしていた。
彼女と入れ替わりで紫苑さんが復帰したことで、期待がそちらに行っていないかが不安になってくる。
ふとした時に眺めていたパンフレットにプログラム振付に知らない名前があったのに気が付いた。
それは振付師の名前が気になったからだった。
「
「わからない。ダンサーさんじゃない? 紫苑ちゃんってダンス界隈にも知り合いがいるし」
「そうかもね。かなり振付が上手いよね。プロダンサーかな?」
「たぶんね。かなり熟知しているよ」
陽太くんもこの名前を知らないみたいで首をかしげているけど、知り合いにそんな名前の人はいないという。
この振付師の正体も知らないなら、新しい若いダンサーさんかもしれないと考えたんだ。
わたしは第二グループが演技を始めようとして、結果が出るまで待とうと考えた。
そのなかにいつも
『八番、
涼香ちゃんのショートプログラムはかなり滑り込んでいるなと思う。
黒いチュチュスカートに金色の刺繍がされている衣装で、演じているのは『白鳥の湖』から『黒鳥のパドドゥ』がメインの曲になっている。
トリプルサルコウ+トリプルトウループのコンビネーションを降りて、黒鳥になりきっている姿がすごい。
表現力がすごいなと思っているし、本人もノリノリで滑っているからすごい。
いかに王子を虜にできるかを試しているような姿をしているんだよね。
さすが憑依型スケーターだなと感じているから、とても楽しそうな気持ちになる。
でも、最後のトリプフリップでは少しよろけてしまっているけど、流れが途切れないように滑っていくのが見える。
その後の『三十二回転のグランフェッテ』に合わせてのレイバックスピンに圧倒されてしまった。
「涼香ちゃん。すごいなぁ」
「そうだね」
『百瀬さんの得点、59.87』
その得点を聞いて会場内がざわめいているのがわかる。
ショートプログラムでまさかのうちと同点だったので、どっちの順位が高いのか考えているようだった。
『現在の順位は第二位です』
アナウンスが聞こえてきて拍手をしているのが見えたりしているみたいだった。
わたしはそれを見てハッとしたことがあった。
「陽太くん」
「技術点で差がついたなぁ。これは」
「そうなの?」
「うん、涼香ちゃんの技術点が一点差だった。そこで差が出てたんだ」
それを聞いて納得した。
涼香ちゃんは完成度を高めた状態に持って行ったことが功を奏したタイプだ。
うちは少し減点が重なって演技構成点で持っていくタイプだったんだよね。
最後の選手の滑走が発表されて、最終順位が決定した。
紫苑さんが一位、涼香ちゃんが二位、三位にわたしになった。
アクアカップではショートとフリーは別々で表彰式が行われた。
『三位、
拍手のなかで賞状とメダルが配られて、それを取って記念写真を行うんだ。
わたしは表彰台の三位の位置に立っているときに少しだけ悔しいなと感じることもあった。
「伶菜ちゃん。おめでとう」
写真撮影が終わってから紫苑さんに声を掛けられた。
お互いのSNSのアカウントを交換してほしいと言われて、びっくりしながらフォローする関係にした。
「ありがとうございます。紫苑さん」
「ショートの完成度を上げれば、どんどんうまくなりそう」
「はい」
「それじゃあ、またね」
わたしのシニアデビュー戦はまだ続くので、これを引きずらないように努力しないといけない。
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