No.2 シニアデビュー(1)

 七月一日になり、フィギュアスケートの新しいシーズンが始まった。

 七月一日時点での年齢でフィギュアスケートのカテゴリーが変わるときがある。


 そのなかでわたしは十九歳になっていたのでジュニアじゃなくて、強制的にシニアデビュ―することになっていたんだよね。


 憧れていたから余計ドキドキしている。

 開会式の日になって入学式で着ていたスーツを着て、クーラーの効いている部屋に感謝を感じながら待っていた。


「これからシニアか」

「長かったね。大学一年組では最後だね」


 陽太ようたくんがそう言ってくれる。

 緊張するけれど部屋に入ると、そこには市川いちかわさらちゃんと和田わだ彩羽いろはちゃんが話していたりしている。


「あ、伶菜れいなちゃん。おはよう」


 わたしはシニアデビューする試合に出るため、千葉ちば市にあるリンクでやってきたんだ。

 慣れ親しんだローカル大会ではないから東京以外の大会でどれだけの実力があるのかを確かめたかった。


「おはよ。元気にしてた?」

「緊張で、ご飯が」

「そうだよね。がんばろ」


 それよりも一番の歓声が入口付近から聞こえてきて、注目選手がこちらへやってきているのが見えた。


「あれって、紫苑しおんちゃんだ!」

「紫苑ちゃん、久しぶり!」


 そこには一条いちじょう紫苑さんだったんだ。

 かなり楽しそうな表情をしているのが見えて、さらちゃんに笑顔で話しているのが見えたりしているのがわかる。


「さらちゃん。久しぶりだね」

「うん、元気にしてて何よりだよ」


 わたしは緊張してて何も話せなさそうだと感じていた。

 ずっとテレビ越しに妹の咲良さくらちゃんと一緒に活躍を見ていたから、雲の上の殿上人みたいなところがある。


「あ、幸田こうだ伶菜ちゃんだね。去年の全日本ジュニアと全日本、テレビで見たよ」

「えっ、マジっすか」


 思わず口にしてしまったけれど、恥ずかしいくらいに大きな声で叫んでしまった。

 紫苑さんは明るい茶色の髪を結い、黒のビジネススーツを着こなしているのが大人だなと感じてた。


「そうだよ。後半に入れていた三連続、とても良かった」

「ありがとうございます」

「でも、あのままだと、今年の全日本は覚悟して行った方は良いよ」

「え?」

「うちも東京ブロックから出場するからね。お互いにがんばろう」


 それを聞いて背筋が凍ってしまいそうになってしまった。

 紫苑さんは何年か前の世界選手権で銀メダリスト、あのロシアの最強女子たちと戦った人だ。

 そんな人とか、清華せいかちゃんたちとかで話すことになるのはとても怖いと考えているくらい。



『これよりシニア女子ショートプログラムを開始します。第一グループの選手は練習を開始してください。練習時間は六分間です』


 それからわずか数時間後、リンクではシニア女子の滑走が始まっていたんだ。

 滑走順はパンフレットが出来上がったときに判明しているので、当時はかなり落ち込んでしまったところがある。

 緊張しながら滑っていくけど、かなり派手な衣装なので気分は上がる。


『一番、幸田伶菜さん。稲生いなせ大学』

「伶菜ちゃん、がんばれ!」

「幸田さん、ガンバ!」


 拍手と歓声が聞こえてくるけど、それに動揺せずに滑り始めている。

 シニア女子はほとんどが大学生で一部高校生が混ざっているような感じだった。


 二番目に滑る人がトリプルサルコウを念入りに確認をしたりしているようで、わたしはその合間を縫ってスピードを上げていく。


 最初にトリプルルッツ+トリプルトウループのコンビネーションを降りて、緊張しているなかで降りれているのに安心しているところだった。

 大学の所属になってまだなかなか所属先が変わったことに未だ慣れていない。


 そこからダブルアクセルを跳んでから、トリプルフリップの単独にして跳ぶ。

 一番滑走になって自分の得点に納得がいくかはわからない。

 でも、滑ることができるようにしていきたいと思う。

 曲は陽気なメロディーがとても好きで滑っていくことにした。


「伶菜ちゃん。一度ダブルアクセルを跳んでほしい。軸が怪しいかも」

「はい」


 四月から本格的に陽太くんがメインコーチになって三か月が過ぎている。

 まだ慣れないことが多いけど、練習メニューとかはあまり変化がないから安心している。

 ダブルアクセルを跳んでみて陽太くんがうなずいて、すぐにトリプルルッツのコンビネーションを跳ぶ。


 この大会のシニア女子だけでお客さんがすごいのには訳がある。

 心臓がドキドキしながらも、勢いに乗せて得意のトリプルフリップを跳ぼうとしたときだ。

 それから次にアナウンスが聞こえてきたのがわかった。


『六番、一条紫苑さん。聖橋せいきょう学院大学』


 一年間休養していた一条紫苑さんが復帰して、この大会が復帰戦になったからだった。

 歓声がとても大きいから圧倒されてしまうけど、わたしは動揺せずに滑ることを決めた。


 六分間練習が終わろうとしていたときに紫苑さんが余裕たっぷりのダブルアクセルが降りていた。

 それにまた大きな拍手が聞こえてきたから驚いてしまったけど、大丈夫だろうと考えている。

 六分間練習が終わってからリンクに残って確認をして滑ることにしたんだ。


「伶菜ちゃん、慌てずに楽しんで」

「うん」


 コーチの陽太くんが手を握ってくれて、すぐに演技を始めるために心の準備をすることにしている。

 流れてきた音楽に合わせて滑っているときに軽やかにトリプルフリップへ。

 加速させてから難しいステップからのジャンプにチャレンジすることにしてみたんだ。


 でも、着氷で手をついてしまったけれど、流れを途切れないように滑っていく。

 さっきのは軸が曲がっているのに気づいていたから、慌てずに次のジャンプを成功させるために滑っていく。


「伶菜ちゃん、ガンバ!」

「がんばれ!」


 そんな歓声が聞こえてきているのはとてもびっくりしまったけれど、楽々と滑っていけそうな気がするんだ。

 最初のジャンプからずっと手拍子が聞こえてからはそっちにしてからは、スピンもスピードが速くなっていた。


 体力を削らない程度に楽しく滑らないといけないんだよね。


 最後のトリプルルッツ+トリプルトウループは転倒して減点になっているかも。

 立ち上がってからステップシークエンスがスタートしてから、ラップみたいに語呂の良い歌詞が続いている。


 上半身を大きく使いながらも、ステップの難しいレベルを取ろうと意識をする。

 最後はバテ気味でスピンもやっとで、レベルを落としているかもしれないと思っている。


 最初にポーズをしてから、お辞儀をしてから納得いかない気持ちで陽太くんのもとへ向かう。

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