18  古銭1枚がひと財産

 古銭を鑑定してもらった両替商の愛想笑いの目の奥に、欲の色が、ひそんでいた。

 オユンはえたような気がしたのだ。


(古銭は、また別の機会に、別の人に見てもらおう)


 そうして、シャルのところへ戻ろうと思った。その前に。

「御不浄を貸していただけるかしら」

 ハシを見つけると耳打ちした。ハシはうなずき、そのまま、ふたりは差配人の館へ戻ることにした。


 館の外側に室内用とは別の、客人用の御不浄の小屋がある。

 そこへ入ろうとしたところだ。

 いきなり、静かに近づいてきた子供にハシが体当たりされた。そして、オユンの手に、ゆるく持っていただけの深緑色のポシェットは子供に、ひったくられた。


「ハシさん!」

 オユンの読みが浅かった。ハシに体当たりされるとまでは思っていなかった。

 

 両替商と別れてから、誰かの視線を感じていた。狙われているとふんで、わざとポシェットは腰帯の留め具に戻さず、手に持つにとどめていた。

「ごめんなさいっ」


「大丈夫ですか。奥方さま」

 助け起こしたハシは、オユンの心配しかしなかった。


「大丈夫よ。ポシェットは盗られちゃったけど」

「なんてことでしょう。すぐに——」

「いいの。たいしたものは入ってなかったから」

「古銭を入れてらしたでしょう」

「えぇ。でも、彼が欲しがっていたものは、ぬいておいたの」

 オユンは手首の袖のところから、硬貨を1枚取り出した。


「あの両替屋さんが、この古銭を見たときに目の色を変えていて。なのに、ずいぶん安く見積もりを出してきたから取引をやめたのだけど。強引な手段に出てきたものよね。来るかな? とは思ったけど。子供を使うなんて。あなたを突き飛ばすなんて。ごめんなさい」

 本当にハシには悪いことをした。


「すぐ自警団に知らせます」

「たぶん、もう逃げ出してる。それに、子供に、ひったくりをやらせるような男よ。深追いしないほうがいい」


った

 ハシは右足首をひねったようだ。立ち上がろうとするから、オユンは全身で止めた。

「うごかないで。誰か!」

 声をあげると、誰かに気がついてもらえたようだ。しばらくして、「ハシ!」ゼスが駆けつけきた。

 ゼスは妻を抱え上げ、館のテラスへと運んだ。


「ごめんなさい。わたしのせいです」

 オユンは追いかける。



 すぐに村の医者だという男が助手とともに現れた。

氷室ひむろの氷を出す許可を」

「もちろんだ」

 ゼスが即答する。

「魔導士さまに許可を——」


「了承する」

 シャルが、そこにいた。

「けがは足首か。すぐに冷やした方がいい。ゼス。奥方の足首をわたしが見てもよいものかな」

「もちろんでございますが」


「めくってくれ」

 シャルの言葉に、ゼスは妻の右脚の靴とひざうえの靴下を脱がした。

 素足になった右足首に、シャルは自分の左手を、ぎりぎりさわらないところまで近づけて、かざす。

 ハシの足首に、きらきらと氷が、うすい層になってとりまきはじめた。

「応急処置だ。あとは熱を持っている間、氷室ひむろの氷で冷やせ」

「ありがとうございます」

 ゼスは礼を言ってハシを抱え上げて、母屋へ連れて行った。オユンは、ずっとテラスに立ち尽くしていた。


「ところで、オユン」

 シャルの声にオユンは、ぴくんとなった。

「差配人の奥方は、おまえのたてになったのか」

 きびしい指摘だが、そのとおりだ。


「そうです。狙いは、わたしのポシェットでした」

「村のいちで、こんな不祥事とは由々ゆゆしきことだ」

「申し訳ありません。わたしが古銭を両替しようとしなければ。あのまま、言い値で両替していれば。わたしの、さもしい行動でハシさんを傷つけることになってしまいました」

 オユンは顔があげられなかった。


「……君が悪いというわけでなく、悪い目が出ることもある、ということさ」

 シャルはオユンの前にかがみ込んだ。そして、灰色の長衣ちょういについた泥をはらった。「けががなくて、よかった」(君に)、シャルは下を向いたまま、息だけで言った。


「ごめん……なさい」

「——ゼスに、まだ大入袋おおいりぶくろを出していないんだぞ。どんな無理強むりじい言われても聞かないわけにいかないぞ」

 そうシャルに言われて、出かけていた涙が引っ込んだ。



 ゼスは常識の範囲を解する、いい人だった。

 そして、ひったくりの子供は村の子ではなかった。

 両替商は、早々に店をたたんでいなくなっていた。


「申し訳ありません。悪いご縁を結んでしまった」

 オユンはサンジャーにあやまられた。

「ところで、その古銭、みせてもらってよいですか。わたしは、いろいろな商いに手を出していて、古い貨幣については少しはわかるんです」

「はい、これなんですけど」

 オユンは、くすんだ古銭を差し出す。


「なんだ。そんなもののためにゼスの奥方はケガしたのか」

 シャルは、むかついている。


「……」サンジャーは、その古銭をていねいに見て、「なるほど」と言った。


「めずらしいものではあります。それに、とあるコレクターが探していて、この1枚を持ってきた者に、土地財宝、望みの物を与えようと豪語しておりましてな。両替商界隈りょうがえしょうかいわいでは有名な話です」

「えぇ! こんな古銭1枚にっ⁉」

「コレクターとはそういうものなんです」


「へぇ。では、オユン、褒美をもらってくるといい。誰なんだ。その物好きコレクターは」

 シャルの興味をそそったようだ。


金杭アルタンガダスの、とある貴族さまです」

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