16 市の日
月初めの村の
朝日が昇るのを見ながら、村へは歩いて10分のところに、シャルとオユンは空から降り立った。
あれから、オユンはシャルにお願いをした。
努めて互いの話をしたいと。シャルは、うなずいて約束してくれた。
「
「
「そう。以前、大ヤム・チャールが村ごと凍らせてやるって約束して」
「約束」(恐喝?)
「村に
(まさかの人助け!)
「他の地の領にも
(まさかの優良企業!)
「ごく限られた商人しか知らない村だ。村は適正価格で売っているけど、そこからだいぶ上乗せして商人は売っているんじゃないか。まぁ、その気持ちはわからないでもない。獣がいる山道を何日もかかって登ってきて、帰りは氷を
「行商人は村にはない品を持ってきてくれるんですよね。それは高値で売ってきたりはしないんですか」
「そんな足元見られるようなことはしない。粗悪品を売られたときは、その商人は、もう、村の出入り禁止だ」
この前、村に来たときは緑の葉だけだったところに、紫の小さな花が咲きはじめていた。
「この花は?」オユンの見たことのない花だ。
「
シャルが黒い
オユンの灰色の
(こんなに大人になっても手がつなぎたい?)
オユンより大きな手のシャルの5本の指に、ごていねいに1本ずつの指をからめとられると、指と指の間が広がる
(この男は、わたしの今まで使っていない筋肉を使わせる気だ)
じわじわと何かが胸を侵食してくるのが、たまらなくて、「シャルが小さかったときって」とオユンは、あらぬ方向を見て話題を変えた。
「
だいぶ昔だ。
子供のころの話が聞きたいと言ったら、こんなふうだ。シャルたち魔族にくらべたら、人の生なんて、朝生まれて夕べに死ぬカゲロウと同じだろう。
「オユンの小さかったときの話をして」
シャルにうながされて、どこから話そうかと考える。
「わたしは、赤ん坊の時にツァガントルー父さまの養子になったんです。きょうだいは、いちばんいたときで、15人いました。ほぼ、子犬のように、みんなで野山を駆け巡ってました。田舎者ですね」
ちょっと自虐が入ってしまった。
「きょうだいが多い」
「えぇ。ボールあてっこをするには、よい人数でした。大縄跳びも余裕でできます。わたしたち、領地の祭りで百回、跳んで、この記録はまだやぶられてないんです。シャルは? きょうだいは」
「兄がいたけど。父といっしょに死んだ。魔物と人間、魔物と魔物、混在して戦っていた時代だったから」
「……」
のんびりした話にならなかった。
「幼かったから、実感がない。それで、祖父である大ヤム・チャールが育ての親となり、死期を悟った彼は孫のわたしに花嫁を用意した。そして、君に大迷惑をかけるにいたるわけさ」
ここにいたってシャルは、オユンの身に起こったことを大迷惑と言ってみせた。
「昨晩も気絶していたし」
「それは」
朝日の中で話すことではない。
怒ってはいない。
村に着くと、差配人のゼスが満面の笑顔で出迎えてくれた。
「奥方さまのご用向きは館でおうかがいします。
「ありがとうございます」
シャルは、どこかほかの場所へ行くのかと思ったが、オユンについてくる。
「無駄使いをせぬようにだ」と、義務であるという顔で言う。
今日は、いちばん大きな家屋の
「奥方さま」
ハシも、にこやかに出迎えてくれた。えくぼは健在だ。うしろに、こざっぱりした身なりの男がいるのが行商人だろう。
「サンジャーさんです」
サンジャーと呼ばれた男は過不足ない礼をした。日に焼けた山男だ。
「何でも屋とお呼びください。お眼鏡にかなえばよろしいのですが。役立ちそうなものをお持ちしました。生地と、
「この
オユンはミルク茶のような色の
その
「サンジャーさんの商品は質がよいの。きっとお気に召すわ」
ハシは他人の買い物ながら、わくわくとうれしそうだった。
木彫りの枠の手鏡をオユンが手に取ったときは、「それ、わたしも持ってます」と、にこにこだった。
「ブラシは
サンジャーという男の商品知識は確かなようだ。
オユンは豚毛を選んだ。
「それから布地ですね」
今度は、オユンは生成りの布地を手に取り。手触りを確かめる。今は硬いが洗たくをくりかえせば、やわらかくなるだろう。何より、ゴシゴシ洗ってもよさそうな生地だ。
「これは、しっかりとしたシャツに仕立てられそうですね。糸も、ありますか」
「たしか」、オユンの問いかけにサンジャーという男は、ごそごそ、脇の鞄の中を探す。
黙ってやりとりを聞いていたシャルが、口をはさんできた。
「何か作る気なのか」
「えぇと。
「わたしのは」
シャルの
「シャ、
「入る」
「う、そ」
「入ると決めた」
「——」
まだ何か言いかけたオユンを止めたのは、サンジャーだ。
「奥方さま。
青みがかった灰色の生地を差し出してきた。
「そうそうそうね。魔導士さまの銀の髪によく映えますわ。きっと」
ハシも、こくこくうなずいている。
「じゃあ、その布と、この布をもらう。さっきの櫛とブラシ、それとそれも——。あと、そのガラスの瓶に入っているのはなんだ?」
シャルは、テーブルに並べた物の中から、ちいさな小瓶を指さした。
「薔薇水にございます。肌をととのえたり、香りを楽しんだりいたします」
「それももらおう」
「無駄使いじゃないですか?」
オユンが押しとどめる。
「こんな山奥までガラスの瓶を割れぬように持ってきてくれたのだぞ。また持ち帰らせるなど、できぬだろう」
シャルに言い返された。
「そのようなことを言っていただけるとは」
サンジャーは破顔した。
「でしたら、かさばる布地も、また持って帰るのはつらいのですが」
「おいていけ」
「毎度あり」
「無駄遣いじゃないですか!」
オユンはあきれた。
「布地は使える。村の女たちにやってもよろこぶだろう。ほら、
シャルの言葉に、「えっ。いただけるんですかっ」、ハシが目を輝かせた。
「ゼスの奥方。お前なら何が欲しい?」
シャルは、ハシの意見を参考にしたいらしい。
「
「ここにないものでも、
つい、オユンは口をはさんでしまった。なんとなく、ハシは別に欲しいものがある気がしたのだ。
「そうだな。今日の
シャルが同意したとき、ハシが本当にうれしそうだったから、オユンのカンは当たったらしい。
「金で買えるものだぞ。『あなたの真心を』、とかはなしだ」
オユンはハシとサンジャーの顔を見た。
(うん。困ってる)
「それから分不相応なものもなしだ」
「たとえば?」
オユンは、ちょっと楽しくなってきた。
「のんべえのだんなに酒とかはダメだ。欲しいものでなく必要なものだ」
「みんなに言ってきますねっ」
自分のお役目をほったらかして、ハシは戸外へと走って行った。
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