第29話 決戦②

 体形が変わってゆく。


 小柄な白猫だった身体が膨張し巨大化し……膨れ上がって巨大な熊の様になった化け物がそこにいるのだった。


「ガアアッ!!」


 っと、シロエルが吠える。


 同時に、炎のフレアを口から放射してきた。


 それを剣で切るようにして受ける。


 炎は左右に割れて流れる。


 俺は剣先をシロエルに向けて地を蹴った。


 シロエルを貫くっ!


 弾丸の速度でシロエルに体当たりをしたが、身体ごとその太い腕に薙ぎ払われた。


 地面に叩きつけられ、バウンドしてからユラリと俺は立ち上がった。


「ヒャヒャヒャッ! 無様だねっ! キミは、運命を司るこのボクに勝てると思っているのかいっ!」


 無邪気な猫顔であったシロエルが、醜悪で残虐でグロテスクな笑みを浮かべる。


 確かに見た目は巨大で恐ろしくて凶悪だ。狂暴な魔物なのだが、不思議と俺は安堵を覚えていた。


 そして勇気と確信が満ちてくる。


 これは『運命』じゃない。


 目の前に居る『敵』は、『運命』と言えるほどに『怖ろしい』ものじゃない。


 何故って、運命からすれば俺とミツキはなんでもない路傍の石みたいなもので、憎悪とか愉悦を向ける相手じゃないから。


 だから……


 その高みからお前はゴミだと見下ろしてくる『敵』が、怖ろしいものだとは全く感じられなかった。


 身体に魔力を重点させる。


『敵』は、ただの『敵』で、自分と相手の能力でいかようにもできるものだ。


 だから。


 その身体の魔力を『勇者の剣』に込める。


 そして身をかがめる。次の動きに連動させる為だ。


 ミツキの剣技訓練で叩き込められた技術。ミツキ相手ではなく『敵』相手に使うことになるとは思ってなかった。


「これで……終わりだ。ブレイクグラストッ!」


 吠えて……地面を蹴った。


 今度は、弾丸を越えた速度で剣と一体化して、光の矢となる。


 その光の矢が巨大化したシロエルを貫いた。


 トンッ。俺は着地してから振り返る。


 中心に大穴の開いたシロエルが、「がああああああああっー!」と悲鳴を上げている。


 そのシロエルの形が崩れてゆき……


 氷のように溶けてゆき……


 やがて……その姿は空気の中に消えてなくなった。



 ◇◇◇◇◇◇



 結界を解く。


 ふうと息を吐いて、静かになった校舎裏でしばし佇む。


 呆けていたが、かなり時間が経ってから終わったんだという実感が沸き起こってくる。


 ――と、遠くから黒装束に身を包んだミツキが駆けてきた。


「だ、大丈夫っ!?」


 俺の前にまで来て、両手を膝に置いてぜーぜーと息を整えるミツキ。


 こんなに疲労した様子のミツキを見るのも初めてだ。


 よく見ると戦闘衣の黒装束のあちこちが泥で汚れている。擦れ、破けている部分もある。


 そのミツキが胸に手を当てて、大きく息を吸ってからふうと気持ちをなでおろすように吐いた。


「こっちは……終わった、わ。なん……とか」


「苦戦……したようだね?」


「苦戦したわ。というか、何度も死にかけた、正直。あのクソネコ逃げ回るし、口八丁手八丁で威圧とか命乞いとかしてきて、そのくせ隙を見て反撃してくるから。素早さで圧倒してとどめを刺すまで……凄く時間がかかった。もう、ボロボロで、途中でもうダメかと思ったけど、ハルトも一緒に頑張ってるんだって思って……相打ち覚悟でなんとか。ぜーはー」


「頑張ってくれたね。ありがとう」


 ミツキの頬を両手で包んでから抱きしめる。そして頭をなでなで。


 こういう子ども扱いの様な、人を食ったような扱いをするとミツキは困って怒ることを実は今までの『永い』付き合いから知っているんだけど、ミツキは結構嫌がっていないというか喜んでいることも知っているから……ご褒美で。


 ミツキは、抱きしめた時に「ひゃ」っと驚いた声を出したが、俺に身を任せてくれている。


「そ、そういうハルトも……わ、私の為に頑張ってくれたんでしょ。外見結構キレイで服も破れてないけどでもありがとうというかなんというか――ひゃっ!」


 撫でている手の指で、ミツキの可愛い耳に振れてしまった。


「ど、どこ触ってるのっ! そ、そこ弱いんだからだめっ!」


 もう一度、そのミツキを抱きしめてから放す。


 二人で見つめ合って『敵である使徒』を倒したことを確認する。


『運命』は手強い。簡単にどうにかできるものではないことを僕らは知っている。でも今回の出来事は、その一旦を自分の意志と努力で形作るきっかけになったかもしれないという勇気がわいてくる。


 二人で空を見上げる。


 夕暮れの陽光が空を赤く染めている。


「疲れたね」


「そうね。疲れたわね」


「でも、まだ最後の確認が終わってないから。安堵するのはあとちょっと先」


「そうね。でも大丈夫だって私は確信してるわ。ハルトは?」


「まあ。そうだね。取り合えずの所は……かな?」


 ふふっと二人で顔を合わせて声を合わせて笑う、戦闘後の余韻だった。

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