第28話 決戦①

 王城に帰って、全くいつもと何も変わりないという平静を保って『装輪の儀』に臨んだ。


 大勢の王侯貴族や教会関係者たちが見つめる大広間の中心で、ミツキと交換した『魔王の指輪』を填め、勇者のロングソードでの剣舞を披露して装輪の儀を終える。


 ミツキも魔王城で裳着の儀を終えているのだろう。


 それから、肉体の成長と、ミツキとの再びの会合を待つ。


 僕の中身はレベルMAXの勇者なんだけど、使徒シロエルの油断させる意味もあるし、この運命への反逆の相方であるミツキとのタイミングを謀るという意味もある。


 僕は……ミツキとの約束を胸に、期を待つ。



 ◇◇◇◇◇◇



 王立学園入学の日になった。


「初めまして。ミツキ・カフェノワールです。よろしくお願いいたします」


 ミツキが自分の席で自己紹介をする。


 ミツキが入学してきたのだ。予定通りに。


 今回は俺のレベル上げの為にではない。当然その事をミツキもわかっている。


 黒髪の美少女、あるいは漆黒の女王さまの出現に、突風を受けた木々の様にざわめく生徒たち。それら一切を無視してミツキは俺だけに顔を向けてくる。


「よろしくね。ハルト」


「よろしく。ミツキ」


「本当に……。でも勝負はこれから。私は『その』為にここにやってきたのだから」


 ミツキその漆黒の瞳は、希望というか野望の黒い炎に揺らめいている。二人でアイコンタクト。お互いにお互いの心の奥底まで見通すような瞳と瞳で、無言の会話をする。


 教室内の誰も、理解どころか想像すらしていない次元。無限にも等しいやり直しの中で俺とミツキがたどり着いた二人だけの境地。その場所にいて、そしてさらに二人だけの目標に向かって進んでゆくという確固たる意志。


 二人は相棒。


 二人は共犯。


 二人は恋人。


 そして二人は、反逆者。


 なんでもない王国の学園の一教室で、秘密で密かで内密で内緒の謀り事、秘め事を、音にせずに交わしている。



 ◇◇◇◇◇◇



 そして授業の後、人気のない邪魔の入らない校舎裏に俺はシロエルを呼び出す。


「ハルト君。こんな所に呼び出してなんの用だい?」


「そういえば魔王が入学してきたね。あっちはベルフェゴールの管轄だけど、探りを入れに来たのかな?」


「それにハルト君、白衣の戦装束で剣を手にしてるけど……。それには何か意味があるのかな?」


 シロエルは全く冷静というか、落ち着いていて欠片も乱れる様子もない。


 流石は神界の白の女神に使える使徒だけのことはある。侮れないし、侮れる相手でもない。


 そしてここまできて侮ってもいけない。


 俺は手を広げて前方に出し、魔力を四方に放出する。


「侵入不可で脱出不能の『勇者の結界』かな? でも僕には無意味だよ」


 俺は身をかがめ、戦闘態勢を取る。


 両手に剣を構え、シロエルに向ける。


 だがシロエルはあくまで落ち着いていて冷静な様子。


 真ん丸目玉にふふんと丸めた猫口の無邪気顔を崩さない。


「無駄だよ。キミは使徒の僕には逆らえないんだ」


「どう……かなっ!」


 ジャッ!


 俺は地を蹴った。瞬足でシロエルの間合いに入り込む。そのままの勢いで剣を突く。


 相手が並みの敵ならば。並の敵というのは、この王国に三人いる聖騎士レベルなら、これで決着がついていただろう。


 が、敵は白猫の姿をしているとはいえ、『使徒』。勇者の剣、ロングソードが突いた先は空だった。


 素早く、瞬間移動と言える程の速度で剣をかわしたシロエルが、ヒュンと後ろに跳んで間合いをとる。


「どうしてかなっ!?」


 シロエルが、驚きの声を上げた。長い付き合いの中、永劫とも思えるやり直しの中で初めて見るシロエルの焦燥だった。


「なんで……『勇者の指輪』をしているキミがボクを攻撃できるんだいっ!?」


 俺が『装輪の儀』で指に填めたのは、魔王ミツキと交換した『魔王の指輪』。二つは全く瓜二つで見分けがつかない。だから今の俺を操れるのは『魔王の使徒ベルフェゴール』で『勇者の使徒シロエル』ではない。


 その驚愕を見せているシロエルに構わず、俺は前方に跳ぶ。


 シロエルに隙が出来たとは思わないし、防御が薄くなったとも思わない。ただ、この時点に於いて加減する意味はもはやないというだけだ。全力を持って敵――神界と女神と使徒と運命――を倒すのみっ!


「わからないけど……謀ったね!」


「謀った!」


 ヒュッと剣を横薙ぎに振る。だがシロエルは素早い。トンッと上に跳んでそれを避ける。


 ヒュッヒュッと速さに任せて剣を振る。そしてそれを左右に跳んでさけるシロエル。


 俺はどんどん速度を速めてゆく。


 切っ先がシロエルの尻尾に振れる。


 シロエルの顔が歪んだ……気がする。


 さらにさらに、速度を上げる。


 使徒シロエルの武器はその速さだ。


 体格は小柄な猫程度。確かに砲丸の様な威力を見せることもあるが、直撃を受けなければ対処のしようはある。


 俺は勇者として宣託を受け、人間を超える能力を付与されている。そして、俺の実質的レベルはその勇者としてカンストしている。流石に神界の女神と同等というわけにはいかないが、その女神の下辺である使徒とならば、勇者をコントロールできる使徒としての能力を封じたシロエルとならば、十分渡り合えるという確信があった。


 剣筋がシロエルの体毛を掠める。


 あと一息で、剣がシロエルの身体に届く。


 ぐぅとシロエルが呻き、綺麗に着地できないで地面をコロコロと転がった。


 シロエルが起き上がり、四つ足で大地を踏みしめてこちらを睨みつける。


「ここまで……追い詰められる……とはね」


 今までには見られなかった憎悪の目線を俺に浴びせてくる。


「本気出さないと……ダメ……だね」


 そこまで言ってから、シロエルは天に向かって「おおお」と吠えた。

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