第26話 了知
「このままだと俺たちは運命の操り人形だ」
俺はミツキの手を握りながら、ミツキの漆黒の瞳を見つめながら、訴える。
「そうね。でも……」
ミツキは歯がゆいという面持ちで唇を噛みしめる。
「どうやってこの運命の構造を抜け出したらよいのか……。今の私にはわからない」
「俺にも……今の時点で解決策は浮かばない」
「でも。だとしても。私はハルトを殺した未来を生きようとは思わない」
「俺も……ミツキのいない俺だけの未来は……辛い」
「それだと、互いにやり直しを続けることになるわね」
「そうだね。俺はやり直しをするし、今の俺にはミツキにそれをするなとはいえない」
「『運命の対決』は消耗するわ。心を削られている様に」
「辛い……よね。本当なら俺はもうミツキを……貫きたくはない」
二人の間に沈黙が落ちる。お互い、自然と俯いてしまう。
解決策が浮かばない。
抱きしめたい相手が目の前にいるのに、互いの手はその相手の血で汚れている。
相手を包みたい手に剣を持ち、相手を殺す為に対決を繰り返す。
抜け出す道はないのだろうか。
永劫、魂を消耗して力失うまで、殺し合わなくてはならないのだろうか。
目の前のミツキを見る。
幼い時出逢った面影のまま成長して花開き、これからさらに美しく育ってゆく大輪のクロユリを思わせた。
長く艶やかに流れる黒髪。吸い込まれそうな瞳。はっきりと自我、意志を感じさせる美麗な面立ち。
この、俺がこの世界に独りじゃないと気付かせてくれた俺と同じように孤独だった少女を、俺を小さい時から心の中で大切に育てていてくれた少女を、どうにかできないのか。
救いたい。
俺はどうなろうと、この女の子だけは幸せにしてあげたい。そう思ってやり直しを繰り返してきたが……
それが彼女の輝く未来につながっていない。それが苦く口惜しい。
歯噛みする思いに思わず拳を握る。
神界の女神が定めたという、魔族と人間の間の『運命の対決の時』。魔族と人間の戦争はなくなったが、勇者と魔王という生贄が生まれることとなった。
昔の勇者や魔王は、俺やミツキの様な想いはしていないかもしれない。自分が生きのびる為に全力で殺し合ったのだろう。でもそれでも、過去の勇者も魔王も――神界の――女神の――運命の――生贄になってきた事には変わりない。
教室端に置かれている、王国が崇拝している白の女神像を見て、怒りがつのった。
その感情のまま、どうにもならない憤りを込めて、握った拳で魔弾を放つ。
女神像は俺の放った魔弾を受けて木端微塵に砕け散る――はずだったのだが……
なぜか、俺の手から魔弾は放たれていなかった。腕が硬直して伸ばす直前で止まっていた。
くっと、短く呻く。
「俺は君をなんとかしたい。だが……。御覧の通り俺には自由がない。神界と女神と運命の……操り人形だ」
「そうね。私にも……自由はない」
言った後、ミツキも手刀を形作り、横薙ぎに振った。それは衝撃刃となって白の女神を一刀両断にした。
「!」
「自由……。あるじゃないか……」
「そう……ね……。何故……かしら……。相手が像ならば……こういうこともあるということかしら……」
俺とミツキは、その何という事もないだろう事実を理解できない。
二人して黙って壊れた像を見つめる。
その場面で――シャルが教室に入ってきた。
「あらあら。廊下を歩いてたら音がしたから来てみたんですけど……。ミツキさん。だめじゃないですか。乱暴なんてらしくない」
その言葉が引っかかった。
小さな違和感。
セーターの僅かなほつれ。シーツの上にある埃のようなものだった。
そのまま流していてもおかしくはない。だが俺には引っかかったのだ。
「なんで……ミツキが壊したって……わかったんだ? 男子の俺がって思うのが……普通じゃないのか?」
「だってハルト君。勇者じゃないですか?」
「……え?」
「勇者は、白の女神様や白の徒様を敬慕するのが当然です」
「確かにそれはそうなのだけど……」
「なので、白の女神様や白の使徒様への不敬は許されません。もちろん、神像を壊すなんて、全然ダメダメです」
「まあ、確かにダメなんだろうが……」
そこで俺は考える。考える。
思考を巡らし脳内を整理して、状況を分析する。
俺は石像を壊せなかった。けれどミツキはその白の石像を破壊することができた。これは事実。さらに言えば、俺はシロエルにも逆らえない。ミツキは……とそこまで考えを進めて、ミツキに尋ねる。
「ミツキ。君の使徒、ベルフェゴールはどう?」
「……というと?」
「ベルフェゴールは君に強いてこない?」
「…………」
ミツキが険しい表情を浮かべる。
「ベルフェゴールは……手強いわ……」
「なる……ほど……」
俺はそれで納得する。ミツキも俺と同じように使徒に逆らえないのだ。
「ちょっと待ってて」
俺はミツキとシャルを置いて廊下に出る。倉庫にまで走っていって、忌避すべきものとして奥にしまわれていた黒の使徒の像――黒猫姿の石像を抱えて教室に戻ってくる。
それを机に置いて、ミツキを促した。
「ミツキ。レイピアでアレを壊してみて」
「……わかったわ」
ミツキが、何も持っていない手にレイピアを出現させる。さらにそれを引き、黒猫像に向けて突き出した。
……が。
レイピアは黒猫像の直前でピタリと止まって、ぐぅとミツキがうめく。ミツキはそれを押し込もうとするが、筋肉が痙攣するばかりで腕は動かない。
「なるほど」
俺は納得して、再びミツキに話しかけた。
「今度は、これで試してみて」
言いながら、勇者のロングソードを宙から現出させてミツキに手渡す。
ミツキに勇者の剣を触れさせるのは、少し申し訳ないというか、ミツキに何かあったらどうしよう……とも思ったが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
ミツキはそれを受け取る。少し躊躇を見せながら。
当然だろう。魔王として黒の女神や使徒に祝福されているミツキが勇者のロングソードを手にするのだ。何か副反応的なものが現れないという保証はない。
ミツキは剣を手にしてしばらく様子を見ていたが……
「大丈夫そうだけど……」
「なら、黒の像を破壊してみて」
「わかったわ」
ミツキは答えると、剣を振るって石像に叩きつける。
……けれど。
今度もダメ。石像直前でミツキの腕が硬直して、ピタと止まる。
「今度はこれでお願い」
俺は、ミツキに教室隅に置いてあったただの鉄剣を渡す。
ミツキは何も言わずにそれを受け取り、像に振ったが……。やはり壊せなかった。
ここで一拍置いて、脳内を整理してから、俺はミツキにお願いする。
「ミツキ。レイピアを貸して」
そして、俺は黒の石像に向けてそのレイピアで打突。
黒猫像は、その俺の突きを受けて砕け散った。
場に沈黙が落ちる。
ミツキは、驚きながらもわからないという顔をしている。
シャルは、うはぁという感じで一般観客の立場。俺が何かを試しているということはたぶん理解していない。
ハルトくん、なんか乱暴なことやってる、うはぁという面持ち。
俺は、腕を組んで再び考え込む。
白の石像を、俺は壊せない。対してミツキは、黒の石像を壊せない。
今試してみて、魔王のレイピアとか、勇者のロングソードが理由ではないことはわかった。
俺が魔王のレイピアで黒の使徒像を壊せたのがその根拠。
ならばなぜ、俺は白の像を壊せない。白の女神や使徒に逆らえない。
ならばなせ、ミツキは黒の像を壊せない。黒の女神や使徒に逆らえない。
俺たちが女神の祝福、つまり『呪い』を全身に受けてしまっているからなのかもしれない。
でも、俺は孤児で、生まれとか育ちは全然普通の子供と変わりなくて。
考えろ。考えろ。
何か理由、根拠、理屈、因果があるはずだ。絶対に。
俺やミツキが、普通の子供たちと違う所。それは勇者や魔王の剣と……
そこまで思考して、はっと思いつく。
「シャル!」
「え?」
シャルはいきなり話しかけられて驚いた様子。
「勇者の指輪は勇者の証であって……」
「ええ……そうですけど……」
「白の女神様の、物理防御や魔法防御的な祝福と加護もあるんだったよな」
「そうですよ。当たり前ですけど」
シャルはきょとんとして、何をいまさらという面持ち。
俺は、自分の薬指に填まった、肉体と融合してもはや外せない勇者の指輪を見つめる。
ミツキの指にも、ミツキが魔王に即位した際に填めた魔王の指輪がある。
光が……見えた……気がした。
きっかけ。光明。
なぜ、手を抜けないのか。なぜ、シロエルに逆らえないのか。なぜ、『運命の対決の時』が強制されるのか。
その絡繰り。構造。仕組みの一旦が垣間見えた……気がした。
神界。女神。使徒。運命。それらは絶対で、定められた物で、勇者や魔王個人の努力や想いではどうしようもなくて抗えないものなのだと――半ば観念し、半ば諦めていた。
だが違う。そうじゃない。
それらは精巧に組み上げられ巧妙に仕組まれたもので、崩すにはパワーと技巧が必要だが、絶対の絶対に崩せないものじゃないのだと――今、理解する。
ミツキに自分の指を差し出して勇者の指輪を見せる。そしてミツキを見る。ミツキも腑に落ちているのがわかる。その瞳に確固たる自我が宿っている。その瞳の奥に、意志の黒い灯りが宿っている。
ミツキと見つめ合う。
ミツキの前に手を差し出す。ミツキもこちらに腕を出してきた。
二人の腕が交差する様に並ぶ。
二人の手には同じように銀色に輝く指輪が填まっている。俺の薬指には「勇者の指輪」が。ミツキの薬指には「魔王の指輪」が。
結婚指輪の様に同じもの。そして性質が正反対の指輪。俺は「装輪の儀」に、ミツキは「裳着の儀」の時に、指に填めたものだ。
儀式の時に言われた様に、指輪は痕となって精神や肉体と一体化している。抜こうと思っても抜けるものではない。ミツキも同様なのだろう。ならば……
指に落としていた視線を上げる。ミツキと顔を合わせる。
互いに見つめ合い、互いの意図を確認し合う。
二人は、視線を合わせながら同時にうなずいた。
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