第25話 決意

 目の前には、おでこを突き合わせた今のハルトがいる。私の意識が、そのハルトの過去――一回目のやり直しと初めての二人の出逢い――から戻ってくる。


 私は泣いていた。声を出さずに、ただただ涙を零し落としていた。


 相手を特別に想っているのは自分だけだと思っていた。でもそうじゃなかった。ハルトも、あの出逢いの時から私を友達、共犯、仲間、唯一無二のパートナーだと認識してくれていたのだ。


 その、目の前にいるハルトが私に語りかけてくる。


「俺は君と幼い時に出逢い、それを胸に孤独の中を生きてきた。住むところにも食べる物にも困らなくなったけど、勇者という運命は過酷だった。でも……」


 真剣な瞳。真っ直ぐなまなこ。その強い意志と想いが、今の私にはわかる。


「俺は君と出逢ったんだ。俺はその時まで、自分はこの世界でたった独りで孤独の中を生きて行かなければならないんだとあきらめていた。でもそうじゃなかった。そうじゃないって、君に出逢ってわかったんだ」


 ハルトの言葉は、度重なるやり直しで壊れる寸前だった私の心に、清水のよう流れ込んできた。湧き水の様に、私の心を満たしてゆく。


「俺は独りじゃなかった。この世界には君がいた。だから俺は今まで勇者としてやってこれたし、生きてこれたんだ。俺は君に出逢った時に決めたんだ。運命の対決の時には負けようと。君に負けて君に殺されて、君は素敵な魔族に出逢って生きて行ければいい。俺はずっとずっとそう思って、この学園生活を君と一緒に過ごしてきた……」


「そう……だった……んだ。ハルト、ずっとずっと私の事想ってくれていたんだ……」


 顔はまだ涙と鼻水に濡れていたが、私はそのぐちゃぐちゃになった顔でハルトに微笑んだ。心の底から湧き出してきた気持ちだった。


「私たち……一緒だね。ずっと……一緒だったんだね……」


 ハルトに優しく微笑する。目を細めて。唇に笑みを浮かべて。


「そうだね。俺たちは孤独じゃない」


 ハルトが笑い返してくれた。私の崩れた心に、再び生命の息吹を吹きかけてくれる。


「私は……百回もやり直しをして。ハルトが運命の対決の時に私に勝てる様にハルトを鍛えて。世界を上書きして……。でも上手くいかなくてハルトを殺してしまって……」


「俺も『やり直し』をしている」


「……え?」


「僕も、運命の時に勝ってしまったら『やり直し』をしている」


 ハルトの告げた事実は、衝撃というか、存外の事実だった。


「対決時に手を抜こうとしたけど手を抜けなくて。君を殺してしまった後、勇者に与えられた魔力を使って過去に戻って世界を上書きしているんだ。もう百回以上も……」


「そんな……こと……」


「たぶん……こういうことだと思う」


 そう言ってからハルトは私に説明し始める。


「最初の君のやり直し。なぜ君が王立学園に来たのかあの時の俺には全く分からなかったけど、その最初の学園での出会いの時点で俺のレベルは低かった」


「うん……」


「やり直しに来た君に育てられて俺のレベルは上がった。そして対決。僕らのレベルはマックス。だからどちらが勝ってもおかしくない」


「ええそうね」


 私はうなずいてハルトを促す。


「そして君が勝って、勝った君は過去に戻ってやり直し。そして次に俺が勝った時には、俺がやり直し。だから俺の学園入学時のレベルは、その二人のやり直しの中でマックスになる。魔王勝利で魔王がやり直し――勇者勝利で勇者がやり直し――魔王のやり直し――勇者のやり直し――……をこの世界で何百回も続けているんだ」


 存外の事態だった。


 私の希望が叶った未来があったという。つまり運命の対決の時に私がハルトに殺された未来。


 でもその時は生き残ったハルトがやり直しを選んでいたのだ。


 私は、ハルトに「勝った時はやり直しを選ばないで」とお願いしようかとも思った。


でも。


 ハルトは私と同じ。孤児の生まれで、孤独で、そしてあの時の出逢いを胸に生きてきた。ハルトの記憶を見た私は、ハルトの気持ちが手に取る様にわかる。


 そのハルトに私を殺して生きのびろというのは、逆にハルトの気持ちを踏みにじっていると思った。


 ハルトは、ずっとずっと私を想って生きてきてくれた。


 ハルトは私との出逢いを大切に想って、私のことを愛していてくれた。


 それはとてもとても、踊り狂った後に女神ではない何かに感謝の祈りを捧げるくらいに嬉しくて心満たされる真実だ。


 でも今は私たち二人の前に巨大な障害が立ちふさがっている。


 それを解決しなくてはならない。


 私は、挫ける寸前まで行った。でもハルトは挫けていなかった。私独りだったら、絶対に崩れ落ちていただろう。でもハルトがそんな私を支えてくれた。


 私たちの前にそびえる壁を壊さないと、私たちはもう一歩も前に進めない。


 二人で飛び跳ねて喜んで愛を交わすのは、その後だ。


 ハルトが私の手を取る。


「二人で、この勇者と魔王が争わないとならない運命の構造自体をどうにかしよう。力を合わせて」


「でも、どうやって……」


「確かにわからない。どうやってこのループを打破すればいいのか……。その糸口が……見つからない。でも……」


 私の崩れかけた心が、再びエネルギーで満たされてゆくのを感じる。


 私の目の前には、私と同じ気持ちの、私と同じ孤独の中を生きて私の事を想ってきてくれたハルトが……意志のこもった瞳で、私の手をしっかりと握ってくれている。

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