第23話 過去の出逢い
男子寮の一室。一人が暮らすには丁度良い広さの、小奇麗に整えられた室内のベッド上。俺の横には、丸まって寝ている白猫風情のシロエルがいる。
俺はごろりと仰向けになって手を伸ばした。
薬指に嵌っている勇者の指輪を眺めながら、振り返る。
昨日の入学初日。クラスで黒髪と漆黒の瞳がやけに印象的な女の子と出会い、翌日には打ち合いをした。瞬時に叩き伏せられ、その、自分より圧倒的に強い女の子に訓練を受けることになった。
同学年なら。同年齢なら。勇者として幼い頃から訓練を受けている俺と同レベルに仕合える相手はいない。
断言する。王国だけでなく、他の国を探してもたぶん見つからないだろう。
だが、俺はそのクラスメートの少女に打ち負かされたのだ。文字通り、瞬殺。打ち合いにもならないレベル差だった。
俺は……知っていた。実は、その子が三年後の『運命の対決の時』に戦う相手、『魔王』だということを。
クラスの自己紹介で見た時は、驚いて目を見張った。見紛う、見間違うはずもない。五年前と同じ、艶やかで流れるような黒髪。深く神秘的な、生命の宿った黒真珠の様な瞳。
なぜ『魔王』の彼女が王立学園に生徒として入学してきたのかは全く理解できなかった。だが、それが小さい頃に出逢った『あの子』だという事は瞬時にわかった。
孤独だった少年の俺の記憶に焼き付いた少女。俺がずっと心の支えにしてきたまだあどけなさの残る十歳の幼子は、黒く美しく輝く少女に成長していて、目を離すことができなかった。心臓が昂って、血が身体中を駆け巡り、頭が沸騰した。
『運命の対決の時』の前に『あの子』――ミツキ――と再会することはないだろうと観念していた。だからクラスで唐突に再び出逢ったときには、この世界を統べる神界の女神たちに、王国の護りである白の女神に、感謝したくらいだ。
全く信心深くない俺。むしろ女神の司る運命を否定したい俺なのだが、この時ばかりは感謝の気持ちが生まれたことを否定できない。
俺が勇者でなければ。あの場所が教室でなければ。俺は、打ち震える心に逆らえずに彼女を抱きしめていたかもしれない。
そして――これも何故かわからないが――彼女は俺の個人教師になりたいと近づいてきて、その結果の果し合いの後、俺は彼女に魔法と剣術を習うことになってしまった。
驚きの二重重ねではある。彼女を見るだけでなく、彼女と接して言葉を交わすことすらできることは嬉しくもあるのだが。
ミツキはいつも俺を驚かす。孤独な幼子だった俺の前に現れてその孤独を吹き払い、魔王なのに王国学園に正体を明かさずに入り込んできて、そして剣技で俺を圧倒して。
この異世界で並び立つ事の出来ない運命であっても、俺はそんな彼女が眩しくて大切で、今時点のレベルで彼女が俺よりも圧倒的に強いことが素直に嬉しい。そんな気持ちで満たされている。
――と。
「まけちゃったね。ハルトクン」
邪気のない声の主を見やる。ベッドに乗っていた白猫もどきの使徒シロエルが、ふああっとあくびをしているのが見えた。
「魔王は強かったね。このままだと、負けちゃうよ」
「そう……だね……」
「何故かわからないけど、その強い魔王がキミを鍛えてくれるって言うんだから、乗ってみるのがイイ手なんじゃないかな?」
「断れは……しないだろ。あれだけの生徒たちが見てたんだから。それに……」
「それに?」
「俺が『運命の対決の時』にミツキより強いか弱いかはあまり関係ないっていうか……」
「どうして? 強くないと勝てないよ? 負けちゃうよ? 殺されちゃうんだよ?」
「…………」
俺は言葉を濁した。白の女神の使徒で、俺の監視役でもあるシロエルに言える事じゃない。
俺は、こいつのことを信用していない。もっと言うと邪魔、実は敵かもしれないとまで思っているのだが……
シロエルはそんな俺の心を知ってか知らずか、何も思ってないという様子でペロペロと尻尾をなめまわしている。
俺は再び、手をかざして自分の指輪を眺める。
あれは俺が十歳の時。正式に勇者となる「装輪の儀」の前日。もっと詳しく言うと前夜の出来事だった。
俺の胸に深く刻まれた「出逢い」に想いを馳せる。
今でもあの時の事は昨日の事の様に覚えている。
目をつむると、心の中から奔流の様にあの時の場面が溢れ出してきた。
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