第22話 披歴
ある日の放課後の教室。やり直しは百回を超えている。
これから体育館へハルトとの剣技訓練に向かおうという場面で、不意に身体が震えて動けなくなった。
腕で自分の身体を抱きしめるが、その震えは止まらない。感情の抑えが効かなくなる。
奥歯を噛みしめて拳を握りしめて必死になって耐える。
ここで崩れたら、今までの苦しみは何だったのか……という想いで全身全霊を込めてこらえる。
でも……。もう……ダメなのかもしれない。
ハルトに倒されるという私の願いは、百回繰り返しても届かない。
私は……ハルトを殺して生きながらえるという未来を受け入れなければならないのかも……しれない。
涙が目に溜まってゆくのがわかった。押さえようとしてもあとからあとから湧き出してきて、零れ落ちそうになるのを必死になって耐える。
だめだ。ここで崩れたら、私の夢、想いは、全て無に帰す。
――と、その教室の扉が開く音がして、はっとそちらを向く。目に溜まった雫のせいでぼやけた映像だったが、教室に入ってくるハルトの姿が映っていた。
「探したよ。放課後の剣技訓練の時間だから」
優しくて柔らかい毛布の様な旋律だった。
そのぼやけたハルトの姿、優しく私を労わってくれる顔を見て、押さえていたものが決壊する。
もう耐えられなかった。もう平静を保てなかった。一滴頬に雫を流し落とすと、あとからあとから涙があふれてきた。
「ハルトォ……」
私はその泣き顔でハルトに駆け寄って抱き付いた。ギュウとその胸に顔を押し付ける。
「ハルトォ……。ハルトォ……」
私は感情のまま、力いっぱいハルトを抱きしめて、ハルトの身体に顔を埋める。
「あぁあぁ……。あぁあぁ……」
小さな子供が泣きじゃくる様に、言葉にならない音を口からこぼし出す。
そんな私を……。ハルトはそっと優しく抱きしめてくれた。その温もりが、私の心の壁を崩壊させる。
「もぅ、もう何もかもがぁ、苦しぃ。お願い……お願いだからぁ……」
ハルトが私の言葉をわかるとは思わなかった。私が壊れるのも突然で、ハルトは狼狽するだけかもしれない。でも、決壊した濁流のごとく溢れ出してくる感情を押さえられない。顔をぐちゃぐちゃにして涙をぼろぼろとこぼし落として、あぅあぅと嗚咽する。
「お願ぃだからぁ……。私を……どうにかしてぇぇ……」
言葉にならない言葉をハルトの前で感情のままに流し出す。まるで迷子が泣きじゃくっているように、ハルトに嗚咽を漏らし続ける。
――と。
「殺したく……ないんだ。俺は『魔王』の君を……」
ハルトの返答に、一瞬声を忘れる。
顔を埋めていたハルトの胸から放して、その顔を見上げる。
「俺は、『運命の対決の時』に『魔王』の君を殺したくないんだ」
「え?」
ハルトの言葉がわからなかった。
ハルトが何を言ったのか理解できない。
「俺は初めから君の事を……知っていたんだ」
「え……?」
「君の最初の『やり直し』の時には君の『やり直し』の事はわからなかったけど……。君が『魔王』だということはわかってた」
「そんなこと……」
「だって……。俺が君の事を忘れるわけがない」
ハルトはそう言って優しく微笑む。
「これは君の『最初のやり直し』の時の俺の記憶。君に対決で負けた日の夜の記憶」
ハルトが、自分のおでこを私のおでこにくっつけてくる。
「そして、君に初めて『出逢った』時の俺の記憶」
ハルトが私に柔らかく語りかけてくる。
その額の暖かい温度と共に――
ハルトの『過去の記憶』が私の中に流れ込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます