第21話 傀儡

 何十回目のやり直しだろうか。


 夜、私の部屋でハルトに座学を教えている時――


 ハルトが不意に私に語りかけてきた。


「大丈夫?」


「ハルト……」


「何故かはわからないけど、物凄く……辛そうに見える」


 柔らかいシーツの様な音で、私を労わってくれた。


 私は自分の心を必死に押し殺して、平静を装って答える。


「大丈夫……よ」


 私の抑揚には隠し切れない辛さが滲み出ていた。自分でもそれがわかる。


「…………」


 ハルトが無言で顔を曇らせる。


 最初のやり直しの時のハルトは、剣技訓練こそ真剣で迷いない様子だったが、それ以外の昼食時や登下校時の私との接触ではオドオドしていた。私の悪戯に驚き戸惑い、同時に楽しそうで嬉しそうだった。


 でも……二度目のやり直しに失敗し、三度目のやり直しを始めた時を境に、ハルトは変わってしまった。ハルトも私同様に思いつめた様に豹変し、無邪気な笑みを見せることがなくなった。


 そしてさらに、最初のやり直しでは開始時点で低レベルだったハルトだが、これも三度目を期に私と同等レベルの能力を最初から持っているようになっていた。


 理由は未だにわからない。


 そのハルトと、私は自室で勉強をしている。


 最初のやり直しの時は、実は私も、ワクワクドキドキだった。落ち着いた冷静さをハルトに見せながら、冷えた紅茶を給仕しながらも、夜の部屋に二人きりでいるという事実にときめいていた。そのときめいた感情を表に出さない為に、自分の理性を最大限に高める必要性があった。


 でも今は、互いに無言で机に向かっている。二人とも、楽しかった気持ち、嬉しかった気持ちを無くし、ただただ目標に向かって消耗した自分の心を絞っているように思える。


「今日はここまでにしよう。僕は帰るから……ミツキはゆっくり休んで」


 そう言い残してハルトが部屋を出てゆく。


 私もその言葉に抵抗しない。


 パタンと扉が閉まり、私は自分の部屋に立ちつくす。


 ――と、ベルフェゴールがベッド脇から出てきた。ちらと見やった私に、


「運命の対決の時にはちゃんと勇者は殺さないとね」


 邪気のない抑揚で言い放つ。


 その言葉に……私は苛立った。


 そして、ベルフェゴールの次の言葉で私はカッとなって我を忘れた。


「君は黒の女神様に選ばれた魔王なんだから。運命の前では、君の勇者への気持ちなんてどうでもいいことなんだよ」


 右手にレイピアを現出させる。何度目だろうか。ベルフェゴールに向けて、一切の容赦なく完全に殺すつもりで剣を突き出す。


 でもレイピアはベルフェゴールの直前で寸止めになる。私の手が、石像になったように動かなくなる。


 くっと呻きながら、硬直した腕をなんとか力ずくでその位置から引き抜く。態勢を立て直し、今度は横薙ぎにレイピアを振るった。


 ヒュンと、ベルフェゴールが神速でそれを避ける。ヒュッ、ヒュッと、左右に反復しながら私に接近。その小柄な身体で私の腹に体当たりしてきた。


 私は、まるで石の砲弾を受けた様に弾き飛ばされる。意識を失う程の衝撃と痛みに、床にうずくまる。そのまま動けないで痙攣していると、ベルフェゴールがとことこと私の顔の前にまで来て、


「キミに使途で審判者のボクはコロせないよ。キミは勇者と『全力』で殺し合う『運命』なんだ」


 真ん丸目玉に猫口を丸めて、私に死刑の宣告を言い放つ。


 私は、苦痛の中、震えながら力なく項垂れる。


 徐々にその心の力を失ってゆくのを感じながら……

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