第18話 運命の対決
ジャっと二人、瞬足で間合いを詰め、剣を振る。
キンッと音がして、重さに勝るハルトのロングソードが私のレイピアを払う。そのままの勢いでハルトの剣が横薙ぎに振るわれるが、私はバク転をしてそれを避ける。
すっと着地。
顔を上げる間もなく、ハルトは眼前にいて剣が下りてくる。
それを左に跳んでかわす。
いい感じだ……思いながらハルトの隙をついてレイピアを突き出す。
ハルトは身体を捻り、レイピアはハルトを掠めてすり抜ける。
三年の訓練は無駄ではなかった。若輩者だったハルトは私と同レベルにまで成長している。
それを実感しながら、踊る様に剣を避け、レイピアを振う。
互いに互いの剣をかわし、打ち合う時間が続く。
体力の消耗はない。
この程度で疲労する魔王ではないし、私と同レベルの勇者ハルトもそうだろう。
ハルトの剣が斜め袈裟切りに降りてきた。私は隙を作るべく『わざと』その剣を受けるレイピアの力を抜く――抜こうとしたのだが――出来なかった。キンッと、押し込まれながらもレイピアでハルトのロングソードを受けてしまう。
まただ、と思う。手を抜けないのだ。手を抜くことが、何故か出来ない。
思考の自由はある。ハルトと打ち合いながら、その剣に貫かれる隙を探っている。
手や身体の動きもコントロール下だ。全力でハルトに向かう時は自由自在だ。
でも少しでも脳裏で加減しようとすると、途端に制御が利かなくなる。
エネルギーの調節が出来ないというか、常にフルマックスの状態をキープしたまま対決を迫られているマリオネットの様だ。
ハルトが私の前方で動きを止める。そして切っ先をこちらに向けて次の一撃の準備をする。
私もハルトも、このまま数日間は打ち合えるのだが、その意味はない。
埒が明かないので、勝負に出ようというのだろう。
私もレイピアをハルトに向ける。
三年間、一心不乱にハルトを育ててきた。その成果が今試される。
ハルトを高レベルの剣士としてだけでなく、レイピア使いに充分対抗できるだけのロングソーダーとして育て上げた。敵を私と限定して、私の武器であるスピードに対抗できるフィジカルとテクニックを授けた。
私の努力と願いは、この異世界を作り上げたといわれている神界の女神たちも見ているのだろう。
互いに憎み合っていた魔族と人間の間に割って入り、『運命の対決の時』を設定したといわれる女神たち。
その女神たちに言いたいことは山程ある。個人的には、魔族と人間の争いを止めたという事に対しての感謝もない。
私の努力と願いは、その『運命』に翻弄される魔王としてのせめてもの抵抗。抗い。自分自身の生きた証であり、生きた証拠。
目をつむる。
そして心の中でハルトの勝利を願い、呼吸を止め……瞼を開く。
前方のハルトを見据える。
覚悟を決めた、男らしい、いい顔をしている。流石は私が命を懸けて惚れた相手だ。その精悍な面立ちに満足して、身をかがめ力をためる。
ジャっと、前方のハルトが跳んだ。
私も、跳ぶ。
二人の剣が互いに相手を貫こうと風を切り、交錯する。
私とハルトの身体が重なり、世界の動きが止まる。
やがて……
静止していた時間が動き出す。
身体に痛みはない。
それを自覚すると同時に、レイピアを持っている腕に重さを感じる。
ぶしゅっとハルトの胸――私のレイピアが突き刺さっている胸から血が噴き出す。
それは見る間に私の手を濡らしてゆき……
ハルトは、黙って床に崩れ落ちた。
◇◇◇◇◇◇
広間に立っている。
ただ茫然として立ちすくんでいる。
手には、ハルトの血で濡れたレイピアを持って。私の前には、白装束を真っ赤に染めて息絶えたハルトが横たわっている。
勝負が着いてからどのくらい時間が経ったのか……わからない。
最初に、一番初めにハルトを殺した時は、数刻泣き叫んで錯乱し続けた。起こった事実を認められないで、嗚咽し咆哮し、気が狂ったように泣き喚いた。
今回は二度目。一度目と違って錯乱はしなかった。その代わり、ただただ呆然と頭が真っ白になって、呼吸すら忘れたように立ちつくしている。
そして数刻……
いや、一日か数日か……
時がたって、思考が回りだす。
だめだった……と、天を仰ぐ。
涙は枯れて出てこなかった。でも、気持は揺らいでないと感じていた。私の心にはまだ力があると実感する。
力は拮抗している。
たまたま私が勝ってしまったが……
能力に明確と言える差はない。
歯を食いしばって心に力を込めた。
拳を握る。
またやり直しだが、必ず私が負ける未来は必ず訪れる。
心に熱を込めて……私は魂を過去に跳ばす魔法を唱えた。
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