第17話 そして時が経ち……
そして……。私のやり直しの日々、毎日が、矢の様に過ぎ去っていった。
訓練に次ぐ訓練。雨の日も晴れの日も。ひとときの昼食やお茶会を挟んで、一緒に身体を動かし鍛え合い魔法学を学び、夜は同じベッドで互いを包み合うようにして身体と心を休めた。
秋には学園生が日ごろの訓練を披露する体育会があった。さらに剣技披露会に舞踏会……。ハルトが『運命の対決の時』に私を殺せるように鍛えなければいけない、という強い気持ちと信念は私に緊張を強いたけど、楽しかった。胸沸き心躍る日々だった。
ハルトとは、互いの好きも嫌いも分かり合った親友と呼べる間柄になった。シャルやユーヴェとも、とても仲良くなった。
でも……
あからさまな恋人関係――には踏み込まなかった。
恋愛関係――男と女の間柄――になろうと思えばなれただろう。
私の事を魔王だとは知らないハルト。勇者の使命を負っているハルトも、学園生同士の恋愛関係ならば拒否しなかっただろう。でもそこには強い自重で進まなかった。
私はハルトを鍛えなければならない。ハルトとの情欲に溺れたらそんなことは出来なくなる。
魔王とは言え、私もハルトが好きな「女」だという事を否定できない。
魔王とは言え、私の「意志」は自分が思っている程は強くないだろうとも想像している。
一度ハルトと身体を重ねたら、その欲望のままにハルトと褥を共にする毎日に溺れることになるのはわかっている。
勇者と魔王は並び立たない運命。運命の対決がある。そこでハルトに生きのびてもらうためには私は負けて死ななければならない。
だからハルトと交われば交わる程、自分が辛くなるだけなのは知っている。
知っているのだが、王立学園での三年間は辛いと同時に心躍る時間だった。
思い残すことはない。
ハルトは、入学当初こそ王国にただ一人の勇者と言うにはレベルが足りなかったのだが、無心に学び貪欲に技術を吸収して次第に技量を上げていった。そして親友である現役騎士のユーヴェインに難なく勝てるようになり、教師である聖騎士をも凌駕するようになり、誰も並べない位置に達した。つまり、私と同レベルに成長した。あとは私がハルトに倒されるのみだ。
そして『運命の対決の時』。
魔族たちの壮行を受けた私は一人、運命の対決の場所、魔王城の大広間に立っている。
長い黒髪を金色に染めて頭の後ろに結い上げ、黒衣に身を包み仮面を被ってレイピアを持つ。
この姿ならば、ハルトには私だとわからないだろう。
広間の天井を仰ぐ。
今までの出来事が走馬灯の様に思い起こされる。
初めてハルトに出逢った満天の夜空の下。
学園でのハルトとの再会と、初めての自己紹介。
みんなでの騒がしい昼食。
淡い想いを抱きながら一緒に眠った女子寮のベッド。
幼い頃の約束はまだ覚えている。
『また出逢えてよかったねよかったねって、どんなになったとしても二人して笑お』
その幼い頃のハルトとの出逢いを胸に生きてきた。
辛い時、苦しい時、その出逢いを思い起こして心を奮い立たせた。
そのハルトとの出逢いは、私の奥底に芽吹いて大樹となり、今では私を包み込んでいる。
そして、その私の心に息づいている勇者ハルトが現れる。
王国での盛大な歓送会を終えて、ここにまでやってきた青年。
別に筋骨隆々とした偉丈夫などではない。ただの平凡な、私の愛する人。
心決めているという面持ちで白装束に身を包み、両手持ちのロングソードを持っている。
学園でもいつも一緒にいた見姿で、変わりはない。
私の心に刻み込まれ姿だ。
二人、正対する。
私がレイピアを、ハルトがロングソードを構える。
私の横にいる審判員のベルフェゴールと、ハルトと共にきた、こちらもシロネコ風情の審判員シロエルが、ヒューと口笛をならし私たちは二人同時に静止する。
「「始めっ!!」」
ベルフェゴールとシロエルが同時に、開始の狼煙を上げた。
殺仕合いが……始まった。
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