第10話 個別指導剣技編
午後の授業が終わり放課後になった。
カフェでティータイムを楽しむ令嬢。乗馬に興ずる子息。あるいは寮に帰って余暇に浸る者。生徒たちはそれぞれに分かれて、学園内から散ってゆく。
そんな中、俺とミツキは運動着に着替えて体育館の端を拝借していた。
俺はロングソードを、ミツキはレイピアを手にしている。
実は真剣を使う場合は教師に許可を得なくてはならない。王国の貴族令息である生徒たちの安全の為、学園内で真剣を扱うには許可がいる。
俺は許可を得ていない。恐らくミツキも無許可だろうと推測する。だが、「なに勝手に使ってるんだ!」という邪魔が入ってもミツキならその邪魔など問答無用で蹴散らすだろう。聖騎士すら一刀両断にしたミツキに言う事を聞かせるには、軍隊でも連れてこないとならないだろうと思ってしまう。
俺たちがいるのは体育館脇。中央ではボールを相手に当てる球技――ゲームボール――が十数人で行われているが、そちらからは関わり合いにはなりたくないというちらちらとした目線。少しだけ気になる程度だ。
「ハルト」
ミツキが、昼の食事時とは打って変わって至極真面目な顔付きで俺を呼ぶ。ちょっと、茶化しなど入れられる雰囲気ではないので、こちらも真面目に答える。
「基礎訓練はどの程度やってきた?」
「起きて食事までの朝練。午前中は座学中心。剣技理論と魔法学。午後になってから身体を使う走り込みと素振り。筋力アップなど。それから、夕方から夜にかけての実技訓練。それを十年程」
「教師は?」
「王城の退役した正騎士の老人。厳しくもないけど、甘くもない。たぶん、基礎の教師としては申し分ない人」
「その勇者様が、どうして学園に入学する運びになったの?」
「勇者は『運命の対決』だけが仕事じゃない。王国の行事にも関わって政治の潤滑油の様な役割もしなくちゃならない。だから学問とか儀礼の勉強も大切。ここで王国の将来を担う子息や令嬢たちと交わりを持つ事も期待されている。あとは……」
「あとは?」
「『対決』を控えた勇者に人並みの青春的な物を楽しませてやろうという、上から目線の王国の恩情というか……」
「なるほど」
ミツキは腕を組み顎に手を当てて思案し、納得いったという面持ちを浮かべる。
「わかったわ。ならちょっと構えてみて」
その言葉に従って、ロングソードを両手で構える。ロングソードは相手に正対したとき、実は身体がねじれる。脚を前後に開いて、剣を前に突き出す。
「ダッハ」
ミツキの言葉に従って、剣を真っ直ぐに出す。
「オクス」
左足を前に出し、切っ先を突き出す。
「アルバー」
腕を下ろし、剣を下げる。
「アタック。ホライズン」
ミツキの言葉に従って剣を横にふるった。
「ふむ」
ミツキはわかったという様子で、二、三度、うんうんと頷いた。
「最初の対決、私がハルトを一刀両断にした手合わせでわかってたけど、基礎に問題はない。筋力、身体も絞れていて、これから三年成長したら十分な勇者に成れる」
「うん」
俺もミツキの言葉に納得する。自己分析と違いない。
「けど……」
「けど?」
「勇者なら、『相手』に勝たなくてはならない。強いとか十分とかでは、意味がない」
「……」
俺はミツキの言葉に、自然と黙り込んだ。
勝たなければならないという相手は――魔王だ。ミツキがその俺を鍛えるという。
わからない。今時点でミツキが俺を越える圧倒的な実力を持つということも、そのミツキの真意もわからない。
しかし、俺はミツキに個人授業を受けるという事は納得している。
そのミツキによる俺の個人訓練が、始まった。
「もっと剣筋を速く! 遅い!」
ミツキの言葉に従って、ロングソードを振る。振る。振る。
「ダメッ! 剣に振り回されるんじゃなくて剣を振るの。その為の充分な筋力はある。その使い方。バランスと筋力の込め方!」
横に薙ぎ。縦に振り。足を前後させて、超速で動く。
「遅い! 『相手』はその間に三度は貴方の頭蓋骨を貫いてる! もっと返しを速く! 攻撃と防御!」
もう一時間以上動きっぱなしだ。勇者として十年間訓練をしてきたが、これほどのハードな訓練は今までなかった。容赦がまったくない。息が切れ始める。
「カウンター!」
ミツキの指示に従って、剣を縦に大きく振い、返し刀で振り上げる。
「遅い! 今の振いと返しで、二度死んでいる。『相手』の武器は超速のスピード。だから一撃一撃に重さはいらない。鈍重な剣では負けてしまう!」
さらに速く振う。振う。振う。
「そこまで!」
ミツキの静止で動きを止める。
大きく深呼吸をして乱れた息を整える。整える。整える。
「持久力は及第点。でも圧倒的にスピードが足りない。速さで『相手』に勝る必要はないけど、そこが弱点になるのは避けなければならない」
「厳しい……ね」
肩で呼吸をしながら、ミツキを見る。真剣そのものの顔、目付きをしている。軽口を叩ける雰囲気ではない。
「今日はここまで。武器がロングソードなのは正解だとは思う。それ以上重いグレイモアなどだと、『相手』との相性が悪い。貴方は『勝たなければならない』。私は貴方に『勝って欲しいのだから』」
その言葉に、ミツキを見る。深い真剣な瞳。引き結ばれた唇。冗談とか嘘を言っている風にはまったく見えない。本気も本気。真面目な気持ちの吐露。有無を言わさないその視線に圧倒される。
ミツキの猛烈とも言える訓練、特訓が、こうして始まったのであった。
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