第11話 その夜①

 ミツキの訓練は毎日続く。


 授業中や昼食時は、シャルやユーヴェも一緒の、和気あいあいとした年頃の男女の交流時間だ。しかし放課後の訓練になると、オーガかサーベルタイガーかという苛烈さで、俺を鍛えようと正面から向かってくる。


 容赦は一切なし。真剣そのものの言動で俺も全く手を抜くことはできない。


 今まで十年、勇者として王城で訓練を受けてきたが、この強度の鍛錬に対した経験はない。その甲斐もあってか、剣の腕がめきめきと伸びるのがわかり、最近ではレイピア(真剣)を手にしたミツキを相手に打ち合うこともしばしば。むろん、未だ発展途上にある俺は叩き伏せられるばかりなのだが……


 そんなある日の放課後。訓練が終わり、俺はクールダウンしている。汗をかくどころか息すら乱していないミツキが、不意打ちを食らわせてきた。


「今夜、私の部屋に着て」


 え? っと思った。


 訓練が終わっている為、ミツキは牙を剝き出したサーベルタイガーから普通の女子生徒へと戻っている。


 その涼しい顔の女子に戻ったミツキの言葉としても、首を捻るセリフだったからだ。


「今夜……? 門限があるけど」


「そうね」


「ミツキの部屋って、女子寮……だよね」


「そうね。でも来て」


「来てって……。どうやって!」


「そこはハルトが考えて。たぶん、忍び込むとかじゃない?」


「じゃない? って見つかったら大ごとでしょ! 確かにお盛んな子息や令嬢たちが、互いの部屋で密会しているとかいう噂話は聞かないことはないけど……。無理でしょ!」


「その無理を通すのが、勇者の勇者たる所以なのかしら?」


「その勇者が女子寮に忍び込みとか、マズいでしょ、真面目に!」


「マズくない。大切な用事があるから。必ず来て」


 それじゃあ夜に、とミツキは決定事項だという調子で言い残して体育館から去ってゆく。異論を唱えることも出来ない。訓練以上の衝撃を受けて、俺はただただ立ちすくむばかりなのであった。



 ◇◇◇◇◇◇



 そして深夜。


 俺は制服を着て男子寮を抜け出す。


 しぶしぶ……という態度を学園のミツキの前では見せていたのだが、今となってはドキドキで、胸を高鳴らせて反対側にある女子寮にまでやってきたのだ。


 四階建ての、宿舎というには豪勢な造りの洋館。構造は男子寮と同じに見える。ならば裏口は締まっているはずなので……そろりと正面入り口から入り込む。


 この時間帯に出入りする生徒はいないという想定なのだが、火事や攻撃等の緊急事態に備えて正面口だけは開いている。だから、夜中に抜け出したり入り込んだりして部屋で密会する生徒もいないわけではない、という状況だ。


 壁に隠れるようにしながらロビーを見渡す。天井にシャンデリア。壁面のランプは点いている。床には赤いカーペットが敷かれていて、保養地の館という趣。男子寮と変わりない。


 正面に二階への階段。左右には通路が伸びていて、一階の部屋へと繋がっているのだろう。豪華ではあるが、割とシンプルな造り。王国貴族の令嬢の寝所としては、こんなものなのだろう。


 ミツキの部屋は四階。最上段の隅。慎重に階段を昇ってゆく。


 音はない。人気もない。


 男子寮と同じならば、一刻おきに寮監の見回りがあるだろうから、それに見つかってはいけない。


 寮監部屋のある二階を通り越し四階に達する。ふうと一息入れた時に――


「あれ? ハルトくん?」


 小さな声がして心臓が跳び上がった。思わず、ひゃっという声が漏れて、口を押える。


「ホントだ。ハルトくんだ。なんでこんなとこにいるの?」


 見ると、飾りのないワンピースの様な夜着を着たシャルロットが、きょとんとした顔でこちらを見ているのだった。


「なん……だ……。シャル、か……。あまり驚かさないでくれ」


「私は洗面所なんだけど……。ハルトくん、なんでこんな夜更けに女子寮にいるの?」


「まあ……用事があって……」


 ふうと深呼吸してから、息を吐く。驚きすくみ上った身体をリラックスさせる。と、シャルが顔をニンマリした笑みに変えて、ニマニマと笑いかけてきた。


「ふーん。そうなんだ、ハルトくん。四階にはミツキさんの部屋がありますよね」


「いや……。密会とかそういうのじゃなくて……。これは大事な用事で……」


「でも私も時々ユーヴェと密会してるから内緒にしといてあげる」


「え? マジなの、それ?」


「マジです。私とユーヴェは婚約者の間柄なのです。だから時々ユーヴェを問答無用で呼びつけて、深夜のお茶会の相手をさせてますから」


 うふふと、うろたえている俺が面白くて可笑しいという顔で笑う。


「でも男女の関係はまだ。お預け。何故って、今のハルト君みたいに私の部屋でうろたえているユーヴェが可愛くて可愛くて。男女の関係になる前に、もう少しだけ楽しみたいって思ってしまって」


「それは……。ユーヴェは難儀……だな……」


「そうなの。難儀なの。ユーヴェはあの性格だから私に襲い掛かるってことも出来なくて……。ちょっと可哀そう」


 無邪気に楽しむ子供の様に笑うシャル。ユーヴェの姿を思い起こしている様子。女の子は生まれた時から女なんだとは聞くが、明るく朗らかな王女シャルも王女さまながらにして女なんだと思い知らされて……ちょっと背筋が震える。


「頑張ってね、ハルトくん。ミツキさんは初めてのはずですから、優しく、優しく、ですからね(はーと)」


 頑張って! と、男子としてどう反応してよいのかわからない励ましを残して、シャルは洗面所方向へ消えていった。


 俺はもう一度息を吐き、通路を進んで隅の部屋にまでたどり着く。覚悟を決めて、コンコンと小さくノックをした。

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