第4話 手合わせ

 校舎裏。表の競技場程ではないが、模擬戦闘には十分な広さがある。


 互いに対峙した俺とミツキを遠巻きに、生徒たちが鈴なりになって成り行きを見守っている。さらに校舎の窓からも人が溢れ出していて、注視の目線が俺とミツキに集中している。


 あまり目立ちたくなかったのだがこれならはっきりと衆人環視のもとに表の競技場でやった方がよかったか? とも自然と思えてしまう状況だった。


 目を前に戻す。


 両手剣、ロングソードを持った俺の前方に、ミツキが美麗なレイピアを手に自然体で立っている。


 長い黒髪。意志の強さを感じさせる深い瞳。それとは対照的な白色の礼服。すらりとした綺麗な脚がそのスカートから伸びていて、レイピアを持った姿がとてもサマになっている。素直に、とても魅力的で美しいと思える立ち姿だった。


 ほぼ全員、俺が圧倒して終わると思っていることはわかっている。それが、勇者の価値でもある。


 怪我をするつもりはなく、そして相手を傷つけるのは論外。果たして、ミツキはどう出るのか。脳内で思考を巡らしていると……


「私はいつでもいいわよ。特に準備することもないから、かかってきて」


 ミツキが言葉を体現するかの様に、ひゅんとレイピアで空を横に薙いだ。


 なら……


 俺は両手で剣を振りかぶりながら、一歩踏み出す。続けて数歩、速度を上げる。そしてミツキの間合いに踏み込む。そのまま一閃、振り下ろす。無論、太刀筋にミツキの身体はない。威圧がてら、ミツキの出方をうかがう一振り。


 ヒュッ……とロングソードが空を切ると同時にキンッと音がする。気付くと――手には何も持っていなかった。トンッと剣が地面に突き刺さる音で、手に持っていた剣が弾き飛ばされたのだと気付く。握っていた剣はその重みで地面に刺さっている。


 何が起こったのかわからなかった。いや、わかったのだが『理解することができなかった』。ミツキのレイピアが俺の持ち手の柄を打って、ロングソードを弾き飛ばしたのだ。俺が剣を鋭く振り下ろす間を縫って。


 有り得なかった。生物のなせるわざではない。あまつさえ、俺は成長途中とはいえ訓練を受けている勇者だ。その勇者がミツキに軽くあしらわれたことになる。


 存外だった。加減を見ながら一合程互角に打ち合って、頃合いを見て止めにするつもりだったのだ。それが……『手も足も出ない』とは!


 ミツキを見る。平然というか、当たり前の事が当たり前に起こったという顔をしている。


 周囲の生徒たち、遠巻きに眺めている群衆や窓から顔を出している見物人からは、音がない。完全な無音。息を忘れて俺たちを見つめている。


 生徒たちには何が起こったのか理解は出来ないだろうが、ミツキの前で俺が剣を落としている状況を見れば、俺が負けたことは皆わかる。


 静寂の中、シャルとユーヴェが寄ってきた。


「えーっ。驚きました! ミツキさん、凄いです!」


「すご……いな。これでは俺なんか……ミツキさんの……足元にも及ばない……」


「それで! ミツキさんどうやって勝ったのですか!? なにか、知らない魔法とかですか!?」


 俺がシャルに答えた。


「魔法じゃない。純粋に……剣の腕の差だ」


「ミツキさん。ハルトくんより強いのですか?」


「強い。強いというか……ちょっと、強すぎる」


 シャルはわかってないが、騎士のユーヴェは状況を理解してあっけにとられている様子。


「決まりね、ハルト。私がハルトの個人教師になるから」


 俺はそう高らかに宣言したミツキを見る。見つめる。ただただじっと見る。ミツキの、結果には満足しているという端麗な顔を。


 どうしてこれほどまでに差があるのか、理解できない。驚きを隠せない。


「そんなにまじまじと見つめないで。ちょっと……どう反応したらよいのかって迷うわ」


 ミツキが少しだけ頬を染めて目線を反らした。


 シャルが楽しそうに諭しを入れる。


「何を言ってるんですか、ミツキさん。もう学園では知らないものはいない程の有名人ですよ。その内、噂を聞きつけた王国の紳士たちが大挙して押し寄せてきます。見つめられただけで困っていたら始まりませんよ」


「いえ。ハルトに見つめられると自然と顔が……」


「そんなに『勇者』がいいんですか?」


「いえ。勇者じゃなくてハルトがいいのだけれど」


「一目惚れ……とかですか?」


「まあ、一目惚れというか一夜惚れと言ってもいいかも。もっと言うと、ハルトが『勇者』じゃなかったらよかったのだけれど」


 軽い言葉を連ねているミツキだったが、その顔になぜか少しだけ哀しみの色が見えた――気がした。哀しみというか、諦めに近い色合いだったが。


 シャルとユーヴェは、まだ驚きというか、興奮冷めやらない様子。


 そして周囲の生徒たちは静寂の中にいる。

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