第2話 王立学園

 俺は勇者ハルト。十五歳。今日は王立学園の入学初日。適齢になった王国貴族の子息や令嬢たちが、王都を見下ろす丘上の学び舎で、大人になるための修練と儀礼の為に三年間という期間共に生活し学ぶのだ。


 その学園の一年一組で、順番に自己紹介が行われている。ひとりの少女が、自分の番が回ってきた折、席を立ち丁寧な挨拶をした。


「ミツキ・カフェノワールです。よろしくお願いいたします」


 流れるような黒髪と漆黒の瞳が印象的。まるで吸い込まれそうな深さを感じる。形良い鼻筋と桜色の唇も美麗だ。スラリとした白く綺麗な手足と合わさって、まるで深淵に美しく咲くクロユリの様。


 すげーと声を忘れて見惚れている貴族令息たちや、プライドから敗北は認めたくないと唇を噛みしめている貴族令嬢たちの前で、堂々とした制服姿をさらしている。


「すごいですね……。ものすごいですね、あの方」


 隣に座っているシャルロットが小声で話しかけてきた。シャルロットというのは、俺の幼馴染でこの国の王女さま。第十一王女。ブラウンのロングウェービーヘアがチャームポイントの、明るく華やかで快活な王女さまだ。


 背は十五歳にしてはやや低いが、その代わりに身体の凹凸が眩しい。年若いが、女性の魅力に溢れた見姿だ。


「確かに目立つな。この学園に入るのだからそれなりの出自なのだろうが……。あれほどの見目の令嬢は社交会でも見たことない……な」


 今度はシャルの向こう側の席のユーヴェインが入ってきた。精悍な面立ちと鍛錬された肉体を併せ持つ侯爵子息。こいつも俺の幼馴染で、情に厚い友達思いのイイ奴だ。


「ユーヴェは他の女の子に色目使っちゃダメです」


「いや……。そういう目で見ているわけじゃなくて……。シャルの事を蔑ろにしているわけじゃなくてだな……」


「他の子を見ちゃダメです」


「でもこの教室、半分は女性だからどこを向いたらよいのか……」


「窓から空を見てください」


「空!!」


「……と言いたいのですけど、見るくらいなら全然かまわないわ。そこまで束縛しなくてもユーヴェの事は信用していますし」


 ふふっと目を細めて、シャルは年相応に可愛らしく笑う。


 実はこのシャルとユーヴェは親同士が決めた婚約者同士。王女で婚約者のいるシャルに手を出す男子はいない。対してユーヴェは社交界などでよく告白される。告白されるが、ユーヴェはシャル一筋で他の令嬢には目を向けないとても好感の持てる男でもある。


 そして勇者の宣託を受けて孤児院から引き取られた俺と合わせて三人、子供の頃から王城内を遊び場にしている一党でもある。


 その勇者の俺は、将来の『運命の対決の時』に魔王と殺し合う運命だ。


 昔は隣接する魔族領との争いが絶えなかったのだが、ある時、それを見かねた神界の女神様の仲裁があったとされている。無益な戦争を避けて代表同士が戦うという話し合いが持たれて――それが遥か古からの慣例となって久しい。


 闘ってどちらかが死ななければならない勇者と魔王は、王国と魔族領の為の生贄とも言える存在なのだが、宣託によって選ばれた俺にはそれを避ける術がない。


 だから、俺にとってこの三年間の学園生活は、最後の楽しみ的な意味合いがある。そんな俺の思考を知ってか知らずか、檀上のミツキ嬢がこちらを見る。


「よろしくね、ハルト」


 ふふっと相貌を緩めて、好意があるという微笑を俺に送ってきた。


「え?」


 っと、瞬間、反応できなかった。


 確かに俺はこの国では勇者であって有名人でもある。だが、いきなりこのミツキ嬢に話しかけられるとは思ってなかったのだ。だから、これはミツキの不意打ち。


「『初めまして』。これからよろしく、勇者ハルト」


「……ええ。『初めまして』。よろしく……お願いします」


「この三年間で……貴方が魔王を倒せる様に鍛えてあげる」


「え?」


「貴方は魔王を倒すの。それが貴方の役割。『魔王を含めて』皆が望んでいるわ。だから私が貴方を育ててあげる」


「……え? え?」


 ミツキの放った言葉、セリフがわからない。確かに俺は魔王を倒すことを期待されている。そう幼い時から言い聞かされ育てられ、期待されてきた。でも、ミツキが言った『魔王を含めて』、『だから育ててあげる』という意味は全く完全にわからない。


 するとその少女ミツキが、顔を真面目なものに変え、深淵な目で見つめてきた。


「本当に……これからよろしく。私は『その』為にここにやってきたのだから」


 黒く深い瞳に射抜かれる。その奥に宿るミツキの確固たる意志を感じる。


 そのまなこに吸い込まれそうになりながら、理解すら及ばないまま黙ってミツキを見つめ返す――俺の入学初日だった。

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