美少女魔王なんだけど愛する勇者を殺せないので死のうと思います。

月白由紀人

第1話 プロローグ

「勇者よっ!」


 右手に持っているレイピアで、勇者ハルトの心臓めがけて鋭く突く。ハルトはそれを見切って俊敏に避ける。私は、ハルトの頭に向けてさらに一突き。身体を横に向けてかわしたハルトの銀髪を掠める。


 ハルトが、両手持ちのロングソードを横薙ぎに振ってきた。私はすっとしゃがみ、剣は私の上空を切る。


 私――魔王ミツキは、勇者ハルトとの『運命の対決の時』、魔王城の大広間で数合打ち合っていた。天井からの照明に照らされた真昼の様に明るい広大な空間で、白装束の青年と黒衣の少女が二人きり、死力を尽くして殺し合いをしているのだ。


「魔王っ!」


 勇者ハルトが叫ぶ。勇者に相応しい素早い動き。私を貫こうと、剣を槍の様に幾度も突き出してくる。私はクルクルと回転しながら、まるで舞踏の様にそれを避ける。長い黒髪が躍っているのが自分でもわかる。


「魔王っ! これで終わりだっ!」


 ハルトが瞬足で踏み込んできた。一瞬で私との間合いが詰まる。ハルトのロングソードと私のレイピアが、互いの身体を貫こうと突き出され交錯し――。二人の動きが止まった。まるで時間が静止したかのように。


 のち、ハルトがゆっくりと傾き出し……スローモーションの様に、床に崩れ落ちる。私のレイピアがそのハルトの身体からずぶりと抜けた。ハルトは倒れ伏し動かず……血だまりが広がってゆく。


 私は――頭の中が真っ白だった。今起こっていることが『理解できない』。ハルトの血に濡れたレイピアを呆然と持ちながら、ただただ時間だけが過ぎてゆく。


 数分。あるいは数十分かして。私の頭の中に、徐々に視界の映像が流れ込んできて、現実を悟り始める。がくがくと身体が震え始める。恐慌と狂騒が私の感情を支配してゆく。


 あ……あぁ……あああぁ……


 間違い……だ……


 ありえ……ない。


 こうなる、わけがない!


 この結末になるはずがない!!


 私は頭を振って必死に現実を否定するが、ハルトは間違いなく私の前で息絶えている。


 違うっ!


 これはあってはならないっ!


 これは私が望んだものではないっ!


 私は意識的に『手を抜いた』のだ! ハルトに倒される為に!


 だが『何故か』私は『手を抜けなかった』。私は全力を出して、ハルトを倒してしまったのだ。


 手からカランとレイピアが落ちた。スイッチが入ったように地面のハルトに縋りつく。ハルトを抱き起こし、「ハルトっ! ハルトっ!」と感情のままに呼びかけ揺する。しかしハルトは反応しない。完全にその動きを止めている。つまり――死んでいた。


 私は、ハルトをぎゅっと強く抱きしめた。まだ暖かい。温度が残っている。その温もりが私の心を直撃する。もう我慢できなかった。目から雫がこぼれ落ちる。私は顔をそのハルトの血で染めながら、ぼろぼろと涙をこぼし、あうあうと嗚咽を始める。


 これは……違う。


 これは……私が望んだものではない。


 私はこんな結末の為にハルトに出逢ったのではない。


 これを受け入れることは出来ない!


 こんな未来があってたまるものかっ!!


 私は胸中で気が狂ったように叫ぶ。


 ひとしきり涙を流し落としたのち、私はそっとハルトを床に置いた。自分の、ハルトの血で赤く染まった手を見る。薬指に、魔王の証である『魔王の指輪』が填まっている。今はもう息をしていない、ハルトの薬指にある『勇者の指輪』と同型のもの。


 私はハルトを見る。勇者ハルトは、満足して笑っている様に見えた。遥か昔、初めて『出逢った』時に見た、あの少年の笑顔が脳裏に浮かんだ。


 私は心を決める。


 私は全身に満ちている魔力を身体の中心に集める。


 そして……それを開放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る