第3話 足柄下郡・箱根山
今朝は妙に寝覚めが悪かった。
嫌な夢を見ていた気もするけれど、目を開けた瞬間に全部忘れた。
朝は少し肌寒いほどなのに、寝汗をかいたのか、じっとりと汗ばんで気持ちが悪い。
縁を促して、一緒に朝風呂に浸かりにいった。
「今日はいよいよ
「う、うん……」
湯につかって体は温まっているはずなのに、縁の顔は青ざめている。
箱根山には
翔太だけが結界を破られるようなことになったら、あとでどんな陰口を叩かれるかわかったもんじゃない。
昂る気持ちを抑え、風呂から上がった。
「朝風呂とは優雅だな」
部屋に戻ると、そう長く外していたつもりはないのに、布団があげられて朝食の準備ができている。
優人も駿人ももう着替えを済ませて、箱根山の地図を確認していた。
「なんかイヤな夢をみた気がしてさ、気分を変えてきたんだよ。な? 縁」
「……うん」
これからのことを考えると、食欲が落ちるけれど、食べなければ力がでない。
無理やりかき込みながら、ふと縁をみると、同じように勢いよく食べている。
これならお互いにスタミナ切れに陥ることはないだろう。
気合いを入れて、宿を出た。
温泉街を奥に進み、山に足を踏み入れると、妙にざわつく気配を感じた。
もうすでに、あちこちで櫻龍会のヤツらが獣退治を始めているんだろうか。
「
周囲を見渡して優人がいう。
二人が熊を相手にしているところに猿まで襲ってくる可能性があるのなら、結界は強固に結びたい。
そうなると、内でも外でも構わないから、縁にも張ってもらえると心強い。
――ただ。
縁にまた結界を張らせるのはどうなんだ?
剣術で群れた猿の相手をしてもらうなら、余計な消耗は避けさせたい。
恐らく昨日の疲れがまだ完全には取れていないはずだから。
ここは、翔太が踏ん張らなければいけないか。
一番いいのは山全体を囲って結界を張ることだ。
そうすれば一般人は入ってこられないし、中にいるのは櫻龍会だけになる。
けれど、優人と駿人の技は櫻龍会のヤツらにとっても危険だ。
そばで見ている翔太と縁は避けようがあるけれど、近くに誰かがいた場合、避けられずに怪我を負う危険もある。
木々に巻き付いた蔓を手繰りながら斜面を登り、どうするべきか考えた。
「翔太、熊の姿が目に入ったら、俺たちだけを囲え」
翔太の迷いを悟ったかのように優人は前を見つめたままそういった。
「それは駄目だろ。優人と駿人だけにやらせるわけには……」
「オレとユウで熊をやるから、翔太は縁と一緒に、恐らく来るだろう猿に備えてもらいたい」
思わず縁と顔を見合わせた。
猿が楽とは言わないけれど、熊よりは
「翔太と縁の
優人が不敵な笑みを浮かべる。
やれるかと聞かれて、やれないとは言いたくない。
「当たり前だろ。じゃあ……ホントに熊はまかせちゃっていいんだな?」
「ああ。ただし、もしも妖獣がいたときは、すぐに結界を解くんだぞ」
「なんでだよ? 猿だったら俺たちでも――」
「一頭とは限らないからだ」
駿人が妙に警戒した面持ちで答えた。
急に誰かが翔太の後ろに立った気がして、ハッと後ろを振り返る。
見渡せるどこにも、自分たち以外の姿はないけれど、人も獣もたくさんいる気配だけを感じた。
「わかった。それじゃあ、結界は優人と駿人の周辺だけ、猿は俺と縁で退治、妖獣がいたら結界を解く。これでオーケー?」
「頼む。それから、もしも猿以外の妖獣が出たときも、オレたちを呼べよ?」
「わ、わかった」
駿人に念を押すように言われた縁も、そう答える。
翔太は熊を探すための式を飛ばし、それを目印に山の中を進んだ。
慎重に進んでいくあいだも、ざわめく気配は感じていたし、どこからともなく猿の鳴き声が響いてくる。
十分ほど歩くと、離れた場所で黒い塊の上に式が揺らいでいるのを見つけた。
「あそこだ……」
ツガイなのか、二頭の熊がこちらに背を向けて寄り添っている。
「ユウ、振り向く前に仕掛けるぞ」
駿人が言い終わるよりも早く、優人が向かっていった。
翔太は素早く呪符を手に取ると、符術を唱えながらそれを投げた。
熊の向こう側から、たった今、駿人が駆けだした場所までを囲う。
「
空気が揺らいで、二人と熊の姿が森に消えた。
遠く響いている猿の鳴き声も、だんだん近づいてくる。
「縁、今度こそ全部倒そう。俺たちで」
黙ったままうなずいた縁は、下げたカバンから
「し、翔太……は、右手を。ボクは、ひ、左手を引き受ける」
「右手をって……そんなに――」
木々の揺れる音がすぐそこまで近づいている。
キーキーと漏らす声は威嚇のつもりだろうか?
「
まだ猿の姿もみえないうちから、縁は符術を放った。
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