第5話 相模国・討伐完了

 轟音とともに大猪に雷が落ち、勢いで吹き飛ばされたえにしを後ろから抱きとめた。

 倒れた大猪はピクリとも動かない。


内村うちむらぁ。いつも女の尻ばかり追いかけているから、こんな程度の妖獣ようじゅうも倒せないんだよ」


 聞き覚えのある声に振り返ると、思った通りの知った顔だ。


安養寺あんようじ……なんでここにいるんだよ」


「安養寺『』、だろ? 本部に泣きついて平塚ひらつかに呼んだのはそっちだろうが」


 平塚で狐の案件で呼ばれた中にコイツもいたのか。

 安養寺は翔太しょうたより四つ歳が上だ。

 櫻龍会おうりゅうかいに入ったのは、やっぱり同じ時期で、同期のくせに年上だからといって大きな顔をしている。

 なにかにつけて、翔太に突っかかってくるのもコイツだ。


「俺たちは別に泣きついてなんかいねーし! 大猪だって安養寺が一撃で倒せたのは、俺と縁が弱らせていたからだろ」


東家とうや、家柄は立派なくせして、駿人はやとがいないとこんな程度か? 相変わらずガッカリなヤツだな」


 翔太を侮蔑するような目つきでひと睨みしてから、今度は縁に嫌味をいう。

 安養寺は本当は、優人ゆうとたち四人の協働きょうどうになりたかったらしく、なれなかった腹いせに翔太たちを目の敵にしているようだ。

 翔太自身のことはともかく、縁にまで悪態をつかれるのは我慢ならない。


「こんなところまで、そんなことを言うためにわざわざ来るなんて、ご苦労なことだな!」


「なんだよ? 本当のことだろ? 女好きとビビりは優人と駿人に置いてきぼりか?」


「いちいち嫌味なヤツだな? 嫌味をいい続けないと死ぬのか? 二人は今、熊を追ってる最中なんだよ!」


 クッと含み笑いを漏らした安養寺は「やっぱり置いていかれてるんじゃねぇか」とつぶやいた。

 頭にくる野郎だ。


「熊案件で来てるんだろ? 俺たちは二子山ふたごやま周りで箱根山はこねやまに向かってんだよ。ほかのヤツらは鷹巣山たかのすやまから北に行くはずだ。なんで安養寺はこっちに来た?」


 いつの間に戻っていたのか、安養寺の後ろに優人が立っている。

 たぶん、今のやり取りを全部聞いていたんだろう。

 優人の表情は厳しい。


 安養寺は特になにを答えるでもなく、振り返りもせずに優人に向かって手を振ると、鷹巣山のほうへ歩きだした。

 翔太の同期の中で安養寺は一番の年上だったこともあり、子どものころは符術ふじゅつ剣術けんじゅつも同期のトップだったけれど、大人になっていくうちに、だんだんと腕前に差がなくなっていった。


 抜かれたくないと思っているだろう安養寺の気持ちはよくわかる。

 翔太自身も同じで、櫻龍会の中ではトップクラスにいたい。


「安養寺! とりあえず……まあ、ありがとうな」


「安養寺『』だろ」


 安養寺は翔太を振り返り、嫌味な笑顔を向けて山をおりていった。


「妖獣が出たのか?」


「ああ。優人たちのほうは?」


「こっちはただの熊だったけど、三頭いたよ」


「そうか。援護、行けなくてごめんな」


 翔太と優人で縁に肩を貸してやり、下二子山しもふたごやまから今度は上二子山かみふたごやまを目指した。

 縁に怪我はないけれど、疲れているからか、腰砕けになっていて歩きにくい。


「ハヤがいたから、援護がなくてもなんとかなったよ。結界が急に破れたから、あとをハヤに任せて、こっちにきてみたんだ」


「来てくれて助かったよ。安養寺が出てくるしさ。まあ、助けられたってことにはなるけどな」


「ボ、ボクも、安養寺さんがきてくれて、よ、良かった……なかなかた、倒れないし……どうなるかと思って、こ、怖かった」


 縁の震えが伝わってきて、翔太と優人は苦笑した。


「縁が頑張ったから、安養寺も一撃で倒せたんだよ。ありがとうな」


「ううん……も、もっと強い呪符じゅふと符術……そ、それに剣術も、もっともっとき、鍛えないと駄目だ」


 こうして先のことを考えられる縁は、やっぱり強いと思う。

 ビビっている割に、積極的で前向きだ。


「俺も武器、持ち替えようかなぁ。短剣じゃあ大物相手だと辛いわ」


「普段は翔太も縁も、俺とハヤがいるんだから困らないだろ?」


「そりゃあ、普段はな。けど、今日みたいなことが、またあるかもしれないじゃんか」


 下二子と上二子の境の辺りで駿人の姿を見つけた。

 翔太と優人に支えられた縁をみて、顔色を変えている。


「どうした? なにがあった?」


「猪が四頭出たってさ。ほかに大猪の妖獣も出ていたって」


 慌てて駆け寄ってきた駿人に、優人が答えると、駿人は両手で縁の頬を包み、怪我はないか、具合はどうだ、と心配している。


――過保護め。


 でも、ちょっとだけ羨ましい。

 肩に回した手をほどいて「もう大丈夫だから」と山を登り始める縁と、隣に並んだ駿人をみながら優人の肩に手を置いた。


「優人もあのくらい、俺のコト心配してくれてもいいんだよ?」


「いいんだよ。翔太と俺は、このままで。ハヤは縁の兄貴にでもなったつもりでいるんだよ」


 優人も女の子たちも、翔太がこんなにも『好き』を表に出しているというのに、サラッとかわしてくれる。

 まったく、みんなつれないんだから。

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