第4話 相模国・大猪の妖獣
異様な気配が漂ってきて、
さっきとは比べものにならない大きさで、枝の折れる音が響く。
「縁……ヤバいのが出てくるぞ……立てるか?」
「だ、大丈夫……翔太は自分のやるべきこ、ことだけか、考えて」
肩に回した手を引いた縁はカバンから左手で
翔太も短刀を背中に回して腰に差し、呪符を握った。
木々と茂みの向こうから姿を現したのは、たった今、倒した猪の倍はありそうな大猪だ。
「我の仲間を倒したのはおのれらか?」
地響きみたいなしゃがれた声で大猪が喋った。
ゴクリと唾をのむ音が耳もとで聞こえるのは、翔太自身のものか縁のものか。
大猪の頭上に縁の赤い式が漂っていた。
そういえば最初に放った式の、赤が戻ってきたのをみていないと、今さら気づく。
まだ
古い妖獣ならば、誰かが名付け、噂にものぼるはずなのに、この箱根近辺で名の通った猪の妖獣はいない。
「人間風情が……我ら妖獣をいつまでも見下しよる……」
大猪の背中の毛が逆立って見えるのは怒りからなのか?
「人を見下しているのは、おまえら妖獣のほうだろうが。おまえらが人を襲うから……」
「そもそも誰が、人間を襲ってはならない、などと決めた?」
「……なに?」
「なぜ人間だけが優遇されねばならぬ? 人間どもの身勝手な決まりごとに、我らが従ってやる義理はなかろう!」
大きく掻いた前足で踏み込んだ大猪は、翔太と縁に向かって一気に間合いを詰めてきた。
「
大猪が動くのをわかっていたのか、縁が抜きざまに踏み込んで横流しに斬りつけつつ、大猪の突進をかわした。
縁の脇を通りすぎた猪は、後ろの大木に激突している。
ミシミシと幹が裂ける音がした。
大猪の言葉が翔太の中にやけに残っている。
『なぜ人間だけが優遇されねばならぬ?』
どこかで聞いたようなセリフだ。
この妖獣は、どこからそんな考えに行きついたんだろう?
まだ名もないようなヤツが、そんなことを考えるまでには至らないだろう。
どこでそんな
まさか、誰かにそそのかされている……?
「
縁が
握りしめたままの呪符を、翔太も符術で放つ。
「
縁の風の
翔太はすかさず大猪の近くに伸びた蔓で、その体を巻き取り、炎の攻撃を喰らわせた。
そのまますぐに水の攻撃を繰り出す。
「
呪符から溢れる水は炎を消し、同時に大猪の体を切り裂いた。
縁はそれに合わせて傷の上をなぞるようにして、刀でさらに大猪の皮を深くえぐった。
立て続けの攻撃に参ったのか、大猪の叫び声が木々に木霊する。
「――おのれ人間め! よくも……よくも……」
前足を大きく掻き、大猪の目が翔太を睨んでいる。
これだけ攻撃しているのに、まだ抗ってくるとは、さすが妖獣だ。
「縁……まだイケるか?」
「う、うん」
翔太が呪符を手にしたのと同時に、大猪が猛進してきた。
横っ飛びに避けた先には縁が刀を構えている。
「
腰もとから真っ直ぐに伸びた縁の手から、刀身が光の線を描くように走った。
縁のすぐ手前で大猪の足が切り裂かれて倒れ、離れるように後ろへ飛び退きながら、今度は符術を唱えて呪符を放つ。
「
大きな
さすがに今度は倒しただろう、そう思ったのに大猪はまた立ちあがった。
フーフーと鼻息荒く、全身の毛を逆立てている。
「……嘘だろ……まだ立ちあがるのか」
大猪の執念に翔太はゾッと背筋を震わせた。
あと、どれだけ符術を放ったら、絶命させられるのか。
立て続けの攻撃に、縁は肩で息をしている。
いったん体制を立て直そうと、金縛りの符術を放った。
「
大猪の気が強すぎるのか、呪符は大猪の額に貼りついたものの、すぐに破け散ってしまった。
「マジか――! ヤバい!」
大猪は縁に向かって大きく
「――縁!」
腰に差した短剣に手をかけ、翔太は縁のもとへ走る。
ただ……。
大猪はもう縁の目前で、どう考えても間に合いようがない。
「
翔太の背後から符術が唱えられた。
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