第2話 荏原郡・野犬の集団

 翔太しょうた優人ゆうと玉川たまがわ沿いを大師河原たいしがわらまできていた。

 ここへくるまで、請負所でいわれたような野犬の群れには出くわしていない。

 恐らく依頼を受けた賞金稼ぎたちが倒したんだろう。


 玉川を渡った羽田神社はねだじんじゃ糀谷こうじやあたりで、優人に言われて結界を張った。

 呪符じゅふを出して指先でなぞり、符術ふじゅつを唱えながら札を投げる。


封禁獣域ふうきんじゅういき……急急如律令きゅうきゅうにょにつりょう!」


 優人は武器を出して手にすると、翔太を置いて河原へと駆け出していった。

 その先にきっと野犬の群れがいるんだろう。

 今度は人型に切り抜いた紙に取り出したペンで『犬』と記し、それを両手のひらで包んで空へ投げた。


視影探索しえいたんさく


 手を合わせたまま目を閉じ、式神を通してあたりを確認する。

 走る優人の前方に、野犬の群れが十数頭みえた。


かい


 式神を解除してさらに呪符を出し、野犬たちのいたあたりへと攻撃の符術を放った。


風神啓示ふうじんけいじ火急神罰かきゅうしんばつ!」


 呪符が野犬の背中に貼りつき、一気に燃え上がる。


火壁集結律令かへきしゅうけつりつりょう!」


 四枚の札を川に沿って投げ打つ。

 野犬たちは火を消そうと川へ向かうも、翔太が繰り出した符術の壁に阻まれ、そのまま燃えつきた。

 ほかの野犬たちは優人が対応している。


 少し長めの持ち手に、やはり長めの刃がついた、薙刀なぎなたのような武器だ。

 それを使うと風が刃のようになってけもの妖獣ようじゅうを裂く。

 賢人けんと駿人はやと守人もりとも同じような武器を持ち、同じような攻撃を繰り出すけれど、動きは優人が一番無駄がなくてきれいだと、翔太はいつも思っていた。


 今日も優人はしなやかに舞うような動きで野犬たちを倒している。

 すべて倒したのを待って、翔太は請負所へと式神を飛ばした。

 確認と同時に先の請負所への連絡も頼み、少し遠回りをしながら馬込まごめ中延なかのぶを探った。


 このあたりは緩急がそれほど厳しくなく、比較的遠くまで見渡せるし、進む距離も稼げる。

 ただ、大きな街道があるから街も道も人が多い。

 夕方近くなってやっと人の姿が減った。


「やっぱりこっちからも集まってきていたな」


「そうだねぇ……このあたりには賞金稼ぎたちは足を延ばしていないのかな?」


「どうかな……もう日が暮れる。夜になって動き出すのかもしれないぞ」


「そっか。それじゃあ、俺たちも宿をとって、仮眠してからまた探りにでようか?」


「そうだな」


 中延で宿を取り、腹ごなしをしてすぐに眠りについた。

 品川しながわはもうすぐそこで、そこには妖獣がいるかもしれない。

 相模さがみの宿で呪符を作っておいたのは正解だった。


「……太……翔太、起きろ」


 優人に揺すられて目を覚ます。


「ん……今、何時?」


「もう零時を回ったぞ」


「わっ! もうそんな時間?」


 慌てて飛び起きて着替えをし、髪を整えた。

 どこで誰が見ているとも限らないんだから、身だしなみはきちんとしておかなければ。


 薄く細く、遠吠えがいくつも響いている。

 翔太はまた式神を飛ばして周辺を探った。


「んん……この近辺にはいないな……」


「そうか。まずはこのまま品川へいこう。集結される前に少しでも片づけておきたい」


 優人に言われ、翔太は木ノ内きのうちへ宿の清算をしてくれるよう式神を送って頼み、そのまま品川へ上った。

 途中、戸越とごし付近で二十頭ほどを倒し、大崎おおさきでは十数頭を倒した。

 妖獣はまだいない。


「意外といるねぇ……どこからこんなに集まってるんだろう?」


「もともと野犬は少なくないからな。それに相模国さがみのくにからも来ているのかもしれない」


「それにしたって多いよ。呪符作ったばかりなのに急速に減ってる」


 このまま追いながら行くよりは、品川で一気に叩いたほうが呪符の減りが少ない気がする。

 優人がいれば一振りで十頭くらい倒してくれるだろうし。

 クサる翔太に優人は「またつくればいいだろ」と気軽に言ってくる。


「そんなに簡単じゃないの、優人も知ってるだろ! ったく……」


 地図を広げて古龍こりゅうがいると言われた神社を探した。

 品川といってもはずれのほうで、東都とうとの外だった。


「東都には入らないんだな。面倒がなくていい。それに畑が多いから囲いやすいかも」


「そうか。だったらこのまま真っすぐ向かおう」


「倒しながらじゃなくて?」


 優人はすぐに返事をせずに顔を上げた。

 数分、そうしていてから武器をしまい、翔太をみた。


「なんだよ?」


「駿人は新座郡にいざぐんに入って、そこから豊島郡としまぐんに入るらしい。多摩郡たまぐんで俺たちを知っている人にあったそうだ」


 優人と賢人、駿人と守人は兄弟だという。

 事情は櫻龍会おうりゅうかいから聞いているけれど、彼らに関しては理解が追いつかないことが多い。

 式神や手紙で知らせ合わなくても、互いの状況を知り合えるという。


「誰にだよ?」


 優人は絆で繋がっているからだというけれど、翔太からみるとそんなものじゃあない気がする。

 いくら絆があるからといって、どんになか離れていても互いの状況を知るなんて、普通はできようがないんだから。


深玖里みくりって子」


「えっ! 深玖里ちゃん、えにしと一緒にいるのか?」


「いや、少し話しただけらしい。なにかえんでもあるのかもな」


 翔太は悶絶しそうになった。

 今は離れているけれど、きっとまたすぐに会う、そんな予感が胸をよぎった。

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