内村 翔太 其の一

武蔵国

第1話 都築郡・八朔

 深玖里みくりと別れてから、翔太しょうた優人ゆうと賢人けんととともにまずは都築郡つづきぐんに入った。


「あーあ……せっかく深玖里ちゃんと一緒に旅ができると思ったのに、むさくるしい男だけになっちゃったよ……」


「翔太……あのなあ、駄目とはいわないけど、だれかれ構わず声をかけて回るもんじゃないぞ」


「しょうがないじゃん、世の中、可愛い子ばかりなんだらさ。それに、なんか深玖里ちゃん、顔が好みなんだよなぁ」


「だいたい、蔓華つるはなはどうした? もう諦めたのか?」


 優人に問われ、翔太はキッと睨んだ。


「んなワケないだろっ! ただ……蔓華には簡単に会いにいけないし、会えないじゃないか……」


「だから間に合わせでほかの女を口説き倒すのか?」


「……そういうんじゃないけどさ」


 本当に本気で愛しているのは蔓華だけだ。

 けれど高嶺の花すぎて、どうしても本気の思いを胸の内に秘めてしまう。

 気持ちだけは何度も伝えているけれど、いつもうまくはぐらかされていた。


「優人、式がきているぞ」


 賢人が指さす先に、ヒラヒラと人型の式神が揺れている。

 翔太はそれをつかみ取って中を確認した。


「んん……木ノ内きのうちさんからだ。総領の言伝ことづてで請負所へいくようにってさ」


妖獣ようじゅうの案件か?」


「そこまでは書いてないけど、きっとそうだ」


 小さな山の広がる八朔はっさくの請負所へと三人で足を運んだ。

 入ると結構な数の依頼が壁に貼られている。

 この辺りには賞金稼ぎが多いのか、武骨な男たちが次々に依頼書を手に受付をしていた。


「うっわ……ここも男ばっか」


「馬鹿ばっかりいってるんじゃない。ホラ、受付に話しを聞きに行くぞ」


 優人に耳を引っ張られ、翔太は渋々受付へいった。

 周りは男ばかりだけれど、受付はいつでも女性だ。

 笑顔が眩しい。


櫻龍会おうりゅうかい内村うちむらでーす。立ち寄るように指示が来たんですけど、なにかありましたか?」


 サッと手を握って笑顔で聞くも、やんわりとその手を引き離されてしまう。

 どこの請負所も、受付のお姉さんたちはあしらいがうまい。


「最近、野犬が増えていて被害が多いんです。中に妖獣もいるようで……」


「妖獣? 野犬の?」


「ええ。それにどうやら群れ同士が合流して、どんどん大きくなっているようですよ」


 優人と賢人と、顔を見合わせた。

 そんなに群れてなにをする気でいるのか。


「あちこちから集まっていて、荏原郡えばらぐんに向かっているみたいなんです」


「荏原郡……俺たちこれから向かうところだから、追いかければいいのかな?」


「……ちょっと待ってくださいね」


 奥で呼ばれたらしく、女性が席を外した。

 三人で額を寄せ合って声を落とす。


「野犬なら、そんなに時間をかけずに退治できるけど、足があるから追うのが面倒だね」


「……そうだな。それに合流しているっていうのは、どういうことなんだ?」


東都とうとのほうからも来るんだろうか?」


 賢人は四方から集まっているとすると、厄介だという。

 野犬のほうからこっちへ向かってくる形になるうえに、後方からもくる可能性があるからだ。


 翔太はぐるりと請負所の中を見回した。

 さっきまで壁に貼ってあった依頼書は、全部なくなって人もいなくなっている。

 あれらの案件も、野犬のものだろうか。


「……お待たせしてすみません」


 受付の女性は手にした地図を広げた。


「たった今、櫻龍会のほうから連絡が。妖獣は荏原郡品川しながわぬしでもある古龍こりゅうを狙っているらしいと……」


「品川に古龍なんていたんだ?」


「そのようですね。野犬たちを引き連れて、今は荏田えだ溝口みぞぐちを通って、玉川たまがわ沿いを川崎かわさきのほうへ向かっているみたいです」


「ふうん……広いな……このあいだにも群れが合流するんだろうか?」


「恐らく……だいぶ依頼を増やして出しているので、うまくいけば大群にはならないと思いますけど……」


 詳しい話しを聞きながら、地図に沿って追うルートを決めた。

 すぐにでも出なければ、あっという間に品川に入られてしまう。


「それと、東都の中心を挟んで反対の本所ほんじょにも、野犬や山犬が集まりつつあるそうなんですよ」


「えっ? そうなの?」


「賢人もいるとはいえ、品川まで追ってからじゃあ、本所のほうまで対応しきれないな」


 優人は地図を眺めながら唸った。


豊島郡としまぐんのほうからくる野犬や山犬は、東家とうやのかたが対応されると連絡が」


えにしか。あいつら、甲斐国かいのくにから武蔵国むさしのくにに入ったけど、もうそんなところまで来てたのか?」


「きっと、まだ向かっている途中だろ。いくらなんでも早すぎる」


 優人のいうとおりかもしれない。

 賢人はジッと地図を眺めたまま、ぽつりとつぶやいた。


「おれがここから豊島郡を抜けて、三沼みぬまのほうから野犬を追って本所へ向かう」


「それならまっすぐ本所へ行ったほうかいいんじゃあないか?」


「俺もそう思う」


 優人の意見に翔太も賛成した。

 そのほうが、時間的にも距離的にも早い。


「けど、本所は人が多いし……三沼あたりから倒していけば、本所へ入るころには野犬の数も減っているだろうし」


 賢人は協働きょうどうを持たない。

 おまけに符術ふじゅつを使えないから、翔太がいなければ結界を張ることもままならない。

 そうなると、うっかり近くに人がいたとき、怪我をさせてしまう恐れがあった。


「そうか……そうだな。それじゃあ、本所側は賢人に頼もう」


「……ホントに大丈夫? 賢人、また途中で絡まれたりしなきゃいいけど」


「そんなに絡まれないよ……慎重にいくから安心してくれ」


「わかった」


 地図を二枚もらい、一枚を賢人に渡して、翔太は優人と、賢人は一人で。

 それぞれの向かう先へと足を進めた。

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