第2話 新座郡・平林寺

 翌朝、深玖里は八王子から府中方面へ移動した。

 大きな山はないけれど、あまり上ると荏原郡えばらぐんに入ってしまいそうな気がしたから、そこから新座郡にいざぐんへ向かった。

 荏原に入って、また翔太たちと出会っても面倒だ。


 大國魂神社おおくにたまじんじゃを通り過ぎ、畑の広がる中を歩き、古戦場こせんじょうを抜けて新座に入る。

 平林寺へいりんじの近くまできたあたりで、宿を取って休むことにした。

 窓の外には平林寺の竹林が見渡せる。

 さわさわと風が抜けて、揺れる竹を眺めていた。


「この辺りは平地だから、獣の被害は少ないんですか?」


 夕飯の給仕にきてくれた仲居さんに聞いてみた。

 仲居さんは身を乗りだすようにして深玖里に近づくと、声をひそめた。


「獣はね、前はいなかったの。妖獣もね、この辺は被害がほとんどなくて……」


 ただ、最近はどこからか、狼のような山犬のような、獣とも妖獣とも判断がつかないものが出るという。

 近くの牛飼いや養鶏をしている農場が、だいぶ被害にあったらしい。


「それでね、困った人たちが櫻龍会おうりゅうかいに依頼をだしたそうよ」


「へえ……じゃあ、請負所に行ったら依頼書、出てるのかな?」


「お客さん、退治屋さん?」


「ん……そんなもんかな……請負所って近くですか?」


「まだ若いのに偉いのねぇ……請負所は宿の裏なんですよ」


「アタシ、ちょっと先に請負所に行ってみる。ご飯、このまま置いてもらってもいいですか?」


 仲居さんがうなずくや否や、すぐに深玖里は宿を飛び出した。

 急がなければ、誰かが請け負ってしまうかもしれない。

 請負所に駆け込むと、依頼書は一枚しか貼っていなかった。

 早速、それに手を伸ばすと、同じように伸びた手とぶつかった。


「ちょっと! これはアタシが先に……」


 手の主に目を向けると、駿人はやとえにしだった。


「奇遇。また会うとは思ったけど、こんなに早くとは思わなかったな」


 駿人の手がピッと依頼書を剥がしてしまった。

 抗議しようとした深玖里の額に、駿人は依頼書を押し付けてくる。


「こいつ、ちょっと面倒なヤツらしいんだよ。頭数がいるけれど額も大きい。良かったらオレたちと組まないか?」


「……一緒にこなそうってこと?」


「そう。懸賞金は折半でどう?」


 三等分じゃあなくて折半……?

 深玖里には有利な条件だけれど……。


「あんたたち、損じゃない? なんか裏がありそう」


「そ……そんな……裏なんてないよ……ただ、この辺りは人が多いだろう? 結界は強く張っておきたいんだよ」


「縁は自分の結界だけじゃあ不安なんだってさ」


 仮にも櫻龍会に所属していて、きっとそれなりに力もあるだろうはずなのに、不安だなんて。


「縁、石橋を叩いて壊すようなヤツだから」


 駿人は苦笑してそういう。

 正直、一人でも十分に渡り合う自信はあるけれど、駿人の戦いぶりを見てみたい衝動にかられて、ついうなずいてしまった。


 白髪の男……優人とかいった、あの男が金狐を倒した強さ。

 駿人が兄弟ならば、同じような力を持っているかもしれない。

 それを間近で見てみたかった。


「いいよ。わかった。折半の約束、忘れないでよね」


「あ……ありがとう。助かるよ……」


 縁はホ~っと大きなため息をこぼした。

 ホントにビビりなんだと思って笑いそうになるのを、深玖里は必死で噛み殺した。

 きっと縁は本気で深玖里が一緒に依頼を請けることを、助かると思ってくれているだろうから、笑うのは悪い。

 三人で依頼の詳細を聞いてから、仕事の流れを決めた。


「じゃあ、時間は今夜、日付が変わるとき、でいいのね?」


「ああ。待ち合わせは平林寺の総門前だ」


「でっ……出るのは野火止のびどめから菅沢すがさわのあたりが多いっていうけど、最近は大和田おおわだにも出るって」


「広いね……どうする?」


 縁が少し考える仕草を見せてから「ボクがあらかじめ探ってをつけておく」といった。

 駿人はそんな縁を目を細めて見つめている。

 信頼し合っているのを感じた。


「幸い、今夜は満月だ。深夜といってもそこそこに明かりはある。全部で五頭いるけれど、一頭たりとも逃がさないようにするぞ」


 駿人の言葉に縁と二人で大きくうなずいた。

 一頭でも逃がしてしまったら、近隣の被害はなくならない。

 そうなると、たとえ四頭倒したとしても、この依頼は失敗したのと同じだ。


「じゃあ、アタシは悪いけど時間まで少し寝るよ。遅れることは絶対にないから、また後でね」


 急いで宿へ戻って食事を済ませると、深玖里はそのまま眠りについた。

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