第3話 新座郡・大和田河川敷

「お、遅くなってごめん!」


 総門前で待つ深玖里みくり駿人はやとの前に現れたえにしは、薄い青の狩衣かりぎぬに紫のはかまを履き、烏帽子えぼしをかぶっている。


「え……? なによ? その格好……」


「えっ……? どっ、どこか変?」


「なにもかもよ! そんな格好で妖獣退治できるの?」


 イライラしながら詰め寄る深玖里から、縁は駿人の背中に隠れるように距離を取った。


「ぼっ、ボクは基本、符術ふじゅつだけだから……」


「そうなの?」


 駿人に聞くと、黙ったままうなずく。

 深玖里はなんとなく釈然としない気持ちのまま、それでも、それ以上の追及はやめた。


「さっき、ボクの式符しきふで周辺を探ったんだけど、かっ、川沿いを菅沼すがぬまから大和田おおわだへ移動していたんだ」


「ここからだと、ちょっと距離があるな」


「うん……その近辺に大きな養鶏場があったから、きっとそこを狙っている」


「だったら急がないと。鶏、食べられちゃったらきっと損害が大きいよ」


 三人でうなずき合うと、目的の場所まで走った。

 思ったよりも距離があって閉口したけれど、こんなことは山の中ではよくある。


「駿人、このあたりだ!」


 縁が伸ばした手のひらに、人型に切り取られた符がヒラヒラと舞い降りてきた。

 土手の上から広い河原を見おろす。

 ヨシやススキの葉が河川敷を埋めるように茂っている。

 今夜は風がないのに、ところどころで葉が大きく揺れているのは、くだんの獣なのか、それとも巣くっている狸か狐か。


「縁、結界を。念のため川向こうまでだ」


「わかった」


 縁は懐から呪符じゅふを出すと、右手の人差し指と中指に息を吹きかけ、呪符の裏を撫でた。


ゆうげんけつ……四方壁しほうへき……律令りつりょう……うん!」


 投げた呪符が縁をぐるりと一周してから頭上で真っすぐ空へと昇り、パッと光が四方へ散った。

 深玖里と符術の術式も使いかたも違う。

 足もとから円を描いて外へ広がるように空気が変わった。


「み、深玖里さん、ボクの内側に結界、頼めるかな?」


「あ……うん、わかった」


 カバンから四枚の呪符を出し、符の裏を指でなぞる。


きんえいしゅけつ! 結界!」


 縁と同じように呪符を投げた。

 尾賀山おがやまのときとは違う結界を張った。

 縁の結界が破られるように思えないけれど、万が一の場合、結界内を隠すように施した。


 深玖里が結界を張っているあいだに、縁は赤、青、白、黄、緑と、五色の紙でできた人型の式をだし、ブツブツとなにかをつぶやくと、それを放つ。

 ヨシやススキのあいだを舞った式は、それぞれ別の場所でつと動きを止め、ヒラヒラと漂っている。


「駿人、み、深玖里さん、ヤツらはあそこだ! 赤は最後だよ!」


「よし! 深玖里ちゃん、なに色に行く?」


「じゃあ……アタシは白と黄!」


「わかった。オレは青と緑だ」


 互いにその場を離れて河川敷に降りると、漂う式神を目指して走る。

 ヨシの背が高くて邪魔だ。

 太刀を抜き放つと、周辺のヨシを斬り払った。


 グルグルと獣の唸り声が近くで響く。

 それは前後にあって、どちらも徐々に近づいてきているようだ。

 深玖里はカバンを探り、中から木彫りの人形をだした。


らいけんふう! 火狩かがり!」


 呼び出した使い魔は山犬の火狩だ。

 二つの唸り声を威嚇するように火狩も唸る。


「深玖里、コイツらはなんだ?」


「獣か妖獣か……ちょっとまだハッキリわかんない。狼か犬かって聞いたけど、狼の線は薄いと思う」


 火狩はスンと鼻を鳴らした。


「コイツらは獣だな。でも……妖獣もいるぞ」


「つるんでるってこと? まあいいや。呪符を仕掛けるから、火狩、隙を作ってくれる? 上に浮いてる式の白と黄だけでいい」


 火狩は了解というように尻尾を揺らしてヨシの茂みに入っていった。

 すぐにガウガウとやり合っている声が聞こえてくる。

 呪符を出して火狩が消えた茂みに向けて投げた。


えん……じゃなかった! ふうじんげき! 火狩かがりふうしゃ!」


 咄嗟にほのおを出す符術を使うところだった。

 こんなに草の茂ったところで火を使ったら、あっという間に燃え広がってしまう。

 風の符術で生い茂った草花を切り倒し、火狩には風の盾をつけた。

 視界が一気に開けたのと同時に、深玖里の術の範囲から外れた辺りも草がなくなっているのに気づく。


(駿人だ――!)


 優人と同じだ。

 金狐を倒したあのとき、周りの木々の枝が大量に斬り落とされていた。

 それに、賢人の持っていたあの武器……。

 駿人もあんな武器を持っているんだろうか?


(そういえば……武器を手にしているの、見てない……)


 ザッと草の揺らぐ音とともに火狩が二頭の犬を相手に、草むらから飛び出した。

 呪符を手に「きんきんばく!」と早口で唱え、二頭に向けて放つ。


「火狩! 退け!」


 呪符は狙い通りに二頭の額に張り付き、ギャウンという叫び声をあげて倒れた。

 深玖里の呼びかけに反応した火狩が飛びのいたタイミングで、一頭の喉を太刀で突き、引き抜いた勢いでもう一頭の胸もとを裂く。


 どちらも絶命して倒れた。

 二頭の頭上を漂っていた式は、フワフワと漂いながら土手のほうへ飛んでいく。

 きっと縁のところへ戻るんだろう。


 深玖里は駿人を探した。

 刈り取られた草木のすぐ向こうの茂みに、青い式が漂っているのが見え、そこへ向かって走った。

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